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大体アルファと診断される子は、小さい頃からその性質を現し、身体が大きかったり知力や身体能力が高かったりするものだけど、中には成長がゆっくりの子もいる。この子はその、ゆっくり型なのだろう。だけどそんなことを知らない子供は、目に見えることだけで容易に相手を責め立てる。
子供って、残酷だよな。
おそらくオレがここで何かを言わなくても、この子がアルファである以上そう遠くない未来に形勢は逆転するだろう。だけど傷つき涙を流すこの子を、これ以上無駄に泣かせたくなかった。だからオレは言ったんだ・・・て、なんて言ったんだっけ?
何を言ったか思い出せない。だけどその子はオレの言葉ににっこり笑ってメガネを外した。その顔がとても可愛くて、目の中にひまわりが咲いていたんだ。確かにアルファというよりオメガだな、と思ったのを覚えている。
その子の名前が確か『杏樹』だった。見た目通りの可愛い名前だと思ったのを覚えてるけど・・・。
え?
あのチビでガリのメガネがこの杏樹?
確かにこの男も見た目完璧で人間とは思えないほど綺麗な顔をしてるけど、あのオメガみたいに可愛らしい子と同一人物なんて思えない。一緒なのは美形という点だけ。その美形度だって、全く方向性の違うものだ。
小さくて細くて、顔もあどけなくて可愛らしくて、公園の片隅で丸くなって泣いていたあの子が、このふてぶてしい男と同じ人間なの?
確かにアルファだし、男の子だし、急な成長期で変貌した可能性もあるけど、変わりすぎじゃない?
でも、あの瞳のひまわりは同じで・・・。
どうにも納得がいかなくて、オレは夢の中で唸ってしまう。けれど、どんなに可愛くてオメガのようであったとしても、アルファはアルファ。そのまま華奢なはずがない。
やっぱりあの子なのだろうか。
そう思いながら夢から覚めて目を開けると、目の前に美しい顔。
面影が・・・なくはないか。
目も鼻も口も、その配置もバランスも全て完璧な顔は、よく見るとあの子と似ている。
そう思って顔をじっと見ていると、その視線に気づいた男と目が合った。
ひまわりだ。
その瞳の中のひまわりに、やっぱりあの子なのかと考えていると、男の顔が近づいてきてオレのおでこにキスをした。
?!
いままで誰とも付き合ったことがないオレは、当然朝チュンなんて初めてで、こういう時どうすればいいのか分からない。だから驚いてそのまま固まっていたら、男はまたキスをした。
一度で終わるかと思ったキスは、おでこに何度も繰り返される。
オレは一体、どうすればいい?!
ちゅっちゅちゅっちゅと繰り返されるキスに、オレの頭はキャパオーバー。
頭の中はこの状況と情報に混乱している。
昨日から・・・いや、あの夜会った時から、色々なことがあり過ぎて、なにがなんだかわからない。
しかもこの状況は何なのだろう。
そもそもこの男とオレの関係はなんなのか。
初めは行きずりかと思ったけど、昨日また急に現れたのはおかしい。だってあの時、オレは連絡先なんて教えてなかったのだ。
じゃああの子供がこの男だったとして、あの日たった一度会っただけで、やっぱり連絡先など交換せず、10年も経っているオレのところになど来れるわけが無い。実家に暮らしているならまだしも、就職して独立したオレのことを知るはずがないからだ。
一度目が偶然だとしても、二度目の昨日は明らかに、意志を持ってオレのところに来ていた。憶えてないだけで実はあの夜、オレは教えていたのだろうか。でもメッセージIDやケータイ番号ならともかく、普通会社は教えないだろう。
それにこの男、本当にあの『Angie』ではないのか。
頭の中の混乱をよそに、綺麗な顔の男はまだオレに小さなキスを繰り返している。今はおでこから降りてきて頬をちゅっちゅと吸われてる。
このままでは唇に来てしまう。
そう思ってオレは焦って口を開いた。
「・・・お前はあの時泣いてた杏樹なの?」
すると男は一瞬その動きを止め、しかしすぐにむぎゅっとオレを抱きしめた。
その想定外の行動に、オレの身体は硬直する。けれどそこからものすごく嬉しい気持ちが伝わって来て、オレはドキドキした。
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