Angie

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なんで、どうしてこうなった? オレはくっきりと赤い線が浮き出た検査薬を手に、一人トイレで項垂れていた。 オメガと分かって15年。 そんな自分に嫌悪はしないものの、なにか許せないものを抱えて生きてきた。 オメガだからと卑屈になるのが嫌だった。 だから周囲にオメガは淫乱だ、頭が軽いなどと口さがなく噂されても、下を向くことなく毅然と前を向いてきた。 時には勘違いしたアルファに襲われたこともあったけど、そんな時は容赦なく急所を蹴って身を守り、あからさまに見下す輩には正面切って反撃してきた。だからだろう、こんなオレに好意を持ってくれるアルファなんているはずもなく、オレはこの歳まで清い身体のままだった。 なのになんで・・・。 いや、原因は分かっているのだ。 本当なら、このまま来年めでたく魔法使いになるはずだったのに、先月思いもかけないアクシデントがあったのだ。 このオレが、あんなことになるなんて・・・。 あれは先月のことだ。 こんなオレにも友達はいる。 ただ単に、オメガ性に関することに敏感に過剰防衛をしてきただけで、何も人との関わりを放棄した訳じゃない。だからオレにも少ないとはいえ友達がいて、そのどれもが大事な親友だった。そんなひとりが結婚したのだ。 式と披露宴が済み、二次会となった。 オレは親友の結婚と言うことで、この二次会の幹事をしていた。だから決してお酒は飲んでいない。それに一緒になって楽しむと言うよりは、大事な親友の晴れの日を、できるだけ滞りなく終わらせようと、幹事として忙しく動き回っていたんだ。だから会が無事にお開きになって、参加者を見送り、主役の2人を見送ったあと、その達成感と疲労感で会場になった居酒屋の前のガードレールに座り込んだところまでははっきりと憶えている。 だけど問題はその後だ。 お酒は断じて飲んでいない。 だから酔ってるはずがないのに、その辺からの記憶が曖昧でよく憶えていない。 確かにオレは二次会の後ガードレールに座りはした。疲れたけど無事に親友の結婚を最後まで何も無く祝えたことに一人達成感を噛み締めていた。なのに次の記憶は、その翌朝だった。 夢現で感じた知らない香りに飛び起きたオレは、そのあまりにも想定外の状況に頭が凍りついた。 知らないベッドに知らない部屋。それに、その部屋に充満する知らない甘い香りが、オレの心臓を直撃した。 それがアルファの香りだと理解する前に、オレの身体は動いていた。ベッドから降り、散らばった衣服のポケットから財布を取り出した。 頭はまだ今の状況を飲み込めていない。だけど危機感か、あるいは防衛本能なのか、オレは急いで財布を開け、中から白い錠剤を取り出した。そしてそれを口に入れようとしたその瞬間・・・。 ばちん。 はたかれた手から錠剤が飛んでいく。そしてその小さな薬は視界から消え、その所在を見失った。 「なにするんだっ」 そう言って振り返った視線の先に、信じられないくらい綺麗な男が立っていた。そのあまりにも人間離れした美しさに、オレは言葉も忘れてぽかんと口を開けたまま固まった。 顔はもちろん、その身体も凄かった。 裸の上半身はかなり筋肉が付いていて、腹筋がしっかり割れている。だけどマッチョじゃなくて、なんて言うか・・・細マッチョていうの?今は服を着てないから分かるけど、これって服の上からは分からない、脱いだらすごいんです的なやつ。それに背も高くてスタイルが抜群にいい。頭は小さいし、手足が長くて、これって本当に同じ人間なのかと疑ってしまう。 そんな美人がオレに向かって、不快そうに眉根を寄せた。 「何勝手に飲もうとしてるの?」 茶色いやわらかそうな毛をかきあげながら不機嫌そうに言うその男の言葉に、オレははっとなった。いま自分がしようとしていたことを思い出したのだ。 オレははたかれて飛んで行った小さな錠剤の方へ目を向ける。けれどそれは小さくてどこに行ったのか分からない。だから立ち上がって探そうとしたその時、オレの前にその男が立ちはだかった。 「なにそれ、誘ってるの?」 そう言って見下ろした目を細めた男を見て、オレは自分を見る。
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