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海賊たちへ向けて、一斉恩赦の触れが出た。一定期間の間に王国当局に出頭すれば、今までの罪を帳消しにするという。一生自分の船を持つことは叶わず、一介の船乗りとしてもやっていけなくなるが、陸でおとなしく暮らすぶんには、国は何も言わないというのだ。
この触れは海じゅうを渡って波紋を呼んだ。大砲の砲弾が静かな海面に落ちたときのように、その触れのことを、船乗りの誰もが話題にした。
船乗りの最期といえば、水難に巻き込まれて行方不明か、病気か、軍艦ならば戦死するか。しかし、海賊はそのどれでもなく、結局は絞首刑という結末を迎える者が多い。
有名な海賊というのは数年暴れ回ったのちに、そのほとんどが縛り首になっている。国も必死で海賊を捕まえ、どんどん殺した。
しかし、海賊を厳しく取り締まって尚、海賊船の数は減ることがなかった。
海軍の生活の厳しさ、危険さに耐えかねて脱走した水兵は、船乗りとしての職にありつけないときには海賊になる。商船乗りも、その道でやっていけなくなれば、そのうちに略奪行為に手を染めて海賊になる。
海賊から真っ当な船乗りに戻ることは、経済的な理由からしてもほぼ不可能だった。そして一度でも海賊に堕ちた者は生涯、その罪を許されることがない。国から追われ続ける。名前の知れ渡った船長なら尚更だ。
だが、海賊の数が多すぎ、このまま好き勝手やられれば海軍の威信にも関わるから、王国はこれまでと真逆の作戦を取らざるを得なくなった。
それが、今回の一斉恩赦である。海賊をそこら辺の海から除去したい。そのためには、この方法が一番効果的だと踏んだのだ。
「この船から出ていく者がいても、俺は咎めない」
サトー船長は、海賊を恩赦するという報について、そう船員たちの前で話した。
サトーはイリタニの乗っていた船の船長で、イリタニより七歳上だ。サトー船長は、約五十名の船員の指図をする立場にあった。
乗っているのは、そう大きくはないが速い船だ。もっと大きく派手な海賊船、羽振りのいい船は他にたくさんある。しかし、何よりサトー船長は人望があつく、船員の結束が固かった。イリタニはその船員たちの中でも古株だ。
サトー船長は若いとき、まさに少年だったし、青年だった。彼はそのままでだんだんと歳を重ね、この歳になった──いや。違う。実際には少年のところと、青年のところを残してはいたが、まったくそのままというわけにはいかなかった。
サトーは人を殺し、奪い、血を流させて自らも血を流した。仲間を失った。水葬に付してそれなりに弔ってやることができたときもあれば、大砲に吹き飛ばされてそのままになった仲間もいた。
イリタニは、船長の下で船乗りとして長く働いた。運よく死なずにここまできていたから、サトー船長が青年から大人へ、中年へと移り変わっていくさまも見ていた。それは醜くはなかった。
サトーは海賊船の船長らしく、だらしないところもあったけれど、一定のラインでの良識を持ち合わせていた。彼はそれを決して見失わなかった。
相手が白旗をあげれば、無駄な殺生を控えた。逼迫しているときをのぞいて、相手どるのは私掠船や海賊船、または油断した小規模な軍艦に限られた。善良に商売をこなそうとする小さい船を、好き好んで狙うことはしなかった。
彼は必ず、一番初めに、警告として相手の船の前に砲弾を落とした。一撃目からマストを狙ったり、船の腹を狙ったりすることはなかった。殺したいからという理由で人を殺すことや、ただ破壊を目的に船に近づくことは、一度もなかった。
彼がこうだと言えば、無理なことでもそうなる気がした。そうなるために頑張ろうと思わせるような、不思議な、あっけらかんとした生まれつきの──そう思わせる──明るさが、サトーにはあったのだ。
その明るさがくすんだとしても。歳を経て、くもっても。そこからなくなることはない。イリタニは船長を尊敬し、船を愛して船長のことも愛していた。船員はみんなそうだった。
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