舵を取れ、その手で

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 そうして、今、イリタニは監獄船の中にいる。 「ああ!サトー船長。これだな」  海尉は芝居がかって声をあげた。 「どこにいますか」  恩赦を受けに出頭した海賊たちは、署名をすることになる。  その前にイリタニは他の船員たちやサトー船長と引き離された。みんなばらばらの監獄船か、牢屋へと入れられて、順番に署名するのだと聞いた。 「それよりも、あなた。あなたには失礼をしました、イリタニさん」  海尉は、打って変わってにっこりとイリタニに向かって笑んだ。 「書類上のミスです。お詫びします。海の保安に協力的な方を、こんな場所に繋いでおくなんて」  驚いたことに、海尉は格子の鍵をがちゃがちゃやって、イリタニ一人だけを檻の外へと出してしまった。 「あなたには報奨金が出ます。船を買うのも、人を雇うのも自由です」  イリタニは状況が呑み込めず、海尉の顔をただ見ていた。 「サトーの首に賞金がかかっていれば、もっとお渡しできたのですが」 「は……?」 「あなたがサトーのことを連行してきたと、ここに書いてあります。しかも船も引き渡したと!海軍を代表して、感謝申し上げます」  海尉は上品に胸に手を当てた。まだ勲章も何もついていない胸。これから昇進するにつれて勲章や星章がつけられるだろう胸。そこに海尉の指が置かれるのを、イリタニはただ見ていた。 「サトーは署名しませんでした。それどころか、反抗的だったために、その場で銃殺になりました」  銃殺、という言葉に、格子のこちら側がざわめく。 「あなたもサトーによって、無理やり略奪行為に加担させられていたのですね。あなたが解放されてほんとうによかった。海賊の船長ときたら、やはり、こんなやつしかいないのですね!」  海尉は声を上げて笑った。そのあとでイリタニの顔をみて、おや、という表情をした。彼はすこし思案した。それから口の端を上げて、 「今日はいい日ですね。」  と、上流階級の発音で言った。
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