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来てしまったはいいものの、特に行く場所がないことに改めて気づいたのは駅のホームに上がってからだった。
サラリーマンと同じ格好をしていても、都心に僕のいく場所はない。
いっそ反対の山奥に行こうかと思ったけれど、結局惰性で都心方面の電車に乗った。
そうだ。今日は一日、山手線で過ごそう。
いつまでだって乗ってられるし、その気になればいつ終わらせることだってできる。
大海原を回遊する魚のように、僕も都会の環状線をまわることにした。
私鉄からJRに乗り換えて、最初に来た山手線に飛び乗る。
最初に見つけた空いてる席に座ってしばらくの間、ただただ電車に揺られて過ごした。
改めて社内を見ると、周りはサラリーマンと学生だらけで、みんな窮屈そうだ。大きな駅は大勢の乗り降りでみんなぶつかるし、小さな駅では奥の降りる人が謝りながら無理やり出ていく。
こんなにみんなが辛いのなら、なぜもっと早くに出社して混雑を避けないのだろう。
ふと考えてから思い出す。以前の自分も同じだった。きっと互いに同じことを思ってて、誰も自分は動かないからこの有様なのだ、僕も文句は言えまい。それに気づけた僕はラッキーだ。
電車に乗って30分。山の手線が半周した。
この先の人生、何をしようか。
「半周」の事実に気がついた時、どこからともなく頭に疑問が浮かんだ。
ようやくである。冷静に考えれば。
29歳、現役人生の半分くらい。そんな考え方が僕の深層にあったのかもしれない。
気づけば外は雨になっていて、電車の窓には水滴が伝っている。
傘は持っていない。天気予報なんて見ていないのだから。
ここ1、2ヶ月は過去ばかり考えてきた。どうすればよかったのか、どうして僕は動けないのか。
それが正式に無職になった今日、電車に乗った僕は東京を回遊している。
悩んでいた過去は、前触れもなく解決してしまっていた。
天気予報は見ておくべきだったのだろうか。
唐突に、これからを考える時間がやってきた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「このまま終わりにしたらどうなるのかな」
脳から口に直接つながったようにして言葉が降りてきた。
「え?」
自分の口から漏れた言葉に、情けない声で僕自身が驚く。
恐ろしく他人事のようにして、恐ろしく取り返しのつかないこと。
でも、思い返せばずっと考えていて、ずっと気付かないようにしていたことの気がする。
「あ」
僕が今日、何に引き寄せられたのか、足取りの軽さに期待したことはなんだったのか。
つながってはいけないものが、心の中でつながっていく。
「っ」
耐えられなくなりそうなその時、空き始めた電車に濡れた傘を抱えた三人が乗ってきた。
「雨があがったら、何をする?」
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