羊腸小径

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 今年の六月の事である。  私は短期留学(りょこう)でC国に一週間ほど滞在した。  C国のとある所に行こうとしたのだが、険しい山道を通らなければならなく、遠回りするルートもなかった。  かつ、目的地には空港がなく、飛行機で行くにも行けなかった為、私は現地の配車サービスを利用して目的地まで乗せてもらおうと思った。  ところが、目的地を言った途端に利用可能な車は少数になる。  荷物が多いと伝えると更に減る。  何とかして、乗せてくれる車を見つけたが出発は一日後になった。  運転手さんは気さくな方であった。  片言しか話せない私でも緊張せずにコミュニケーションを取る事が出来た。  なかなか乗せてくれる車を見つけることがができなかったと伝えると、彼は笑って、 「この山道は狭いのですよ。道に慣れている現地の人といえど、あまり運転はしたくないですね」  と言い、私達は出発した。  いざ山道を走り始めて、先程の運転手さんの言葉を思い出して、なるほどと思った。  あまり整備されていない道は、車一台が辛うじて通れる広さしか無かった。  狭いという表現が生易しいものにすら思えてくる。  そしてなんとまあカーブの多いこと。  生まれてこの方一度も車酔いした事のない私ですら目が回って気分が悪くなった。  窓を開けて、新鮮な空気を吸おうとしたが、下に広がるのは断崖絶壁。  余計に目眩がした。  そんな私とは違い、運転手さんはジョークを飛ばす余裕すらあった。  流石だなと思っていたものの、暫くすると運転手さんも黙り込む。  どうしたものかと思い、左側を見ると運転手さんは真剣な表情をして、じっと前を見ていた。  それだけなら運転に集中しているのだなと思えたのだが、顔は真っ青で、額から汗がじわじわと出ている。  そして手はぎゅっとハンドルを握り締めていた。 「あの……体調悪いのですか?そうでしたら止まっても……」  そっとそう聞くと、運転手さんは大丈夫ですよと小声で呟いた。  私に言い聞かせるよりも自分に言い聞かせている様な感じであった。  本当に倒れたらどうしようかと私は思った。  救急車は呼べない。  病院に連れていくのならば私が運転をしないといけなくなるだろう。  運転免許は持っていない上、今まで遊園地のゴーカートしか運転した事のない私に山道は無理である。  いや、そもそも運転手さんが倒れた時点で車は崖から落ちるか。  そんな事を考えながら、スピードを落とすことすらしない運転手さんが何とも恐ろしく思えた。  少しスピードを落としてもらおうと思った矢先、車は徐々に速度を緩め、やがて止まった。  運転手さんは真っ青な顔で、何度も深呼吸を繰り返した。  どうしよう、どうしようとオロオロしていたが、幸いにも心配していた事は起きなかった。  運転手さんの顔の血色は徐々に戻ってきたのだ。  そして電話を取り出して、早口で何かを話す。  何を言っているのかは聞き取れ無かったが、取り敢えず走行中に運転手さんが倒れるという最悪な状況は回避できた為、私はほっとする。  その矢先に、運転手さんが申し訳なさそうに言った。 「お客様、すみません。実は、つい先程までブレーキが効かなくなっておりまして……今、修理の人を呼んだので予約はキャンセルさせて貰えないでしょうか。代金はお返し致します」
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