*ミジンコの国*

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 夏空に虹が架かっている。水たまりの点在する緩やかな坂道を、二人の学生が下ってきた。  大学の玄関前で、利久(りく)空良(そら)は汚れたハンマーとタガネを取り出した。化石の詰まったリュックサックを開き、利久が安堵の溜息をつく。 「雨、ぎりぎり降られなくてよかったな。今度の発掘は、もう少し時間にゆとりが持てたらいいんだけど」 「しばらく降らないはずだから、大丈夫だと思うよ」  空良がスマホを取り出し、週間予報を見せる。確かに、向こう七日間は夕立もなさそうだ。  彼らは古生物学部の四年生で、卒論のための共同研究をしている。  二人は今朝、バスに揺られて、山間の採石場跡地へ向かった。そこには何千万年も昔の地層が露出していて。貝殻やサメの歯など、海の生き物の化石が採れるのである。彼らは四時間ほど石を叩き割ったあと、雨が降り出す直前で帰りのバスに飛び乗ったのだった。  彼女が画面上の時刻を見て、思い出したように言った。 「私、そろそろバイト行かないと」  利久は頷いた。 「俺が洗っておくよ」 「ありがとう、利久。夕方には戻るね」  リュックサックを背負い直し、空良が慌ただしく駈けてゆく。  利久は二人分の発掘道具を携えて、校舎裏の手洗い場に移動した。ここは建物の影にあるので、他の学生はめったに来ない。脇の斜面には針葉樹とシダが生い茂っている。長い間ほったらかしだったのだろう。地面のアスファルトがひび割れていて、ひょうたんのような形をした、大きな水溜りが張っていた。水受けもぼろぼろだ。すぐそこに工事車輌が駐まっている。今週、再舗装をすると、掲示板に貼り出されていたのを思い出す。  彼は荷物を水道の脇に置くと、斜面の石に腰掛けた。雨がやんでしばらく経つので、石の表面は乾いている。ペットボトルの緑茶を飲み干し、木の葉越しの入道雲に見とれた。  発掘中は化石を見逃さないよう夢中で、水分をあまりとらなかった。昼食もまだである。早く後片付を済ませて、涼しい学食でトンカツでも食べたいな。  利久は重い腰を上げると、水道目指して一歩踏み出した。その途端、強い立ちくらみが彼を襲った。気力で二歩、三歩と進んだが、ひょろひょろのもやし男である。彼は千鳥足で道を逸れてゆき、ひょうたん型の水溜りに頭から突っ込んだ。  ぶくぶくと泡を吐きながら、体が水溜りに沈んでゆく。砂だらけのハンマーとタガネを残して、利久は跡形もなく消えてしまった。
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