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「今日は楽しかったよ、本当にありがとう。俺、そろそろ元の世界に戻らないと」
水中なのにどうして人間も息ができるのかとか、どうしてミジンコ並みに自分の体が縮んでいるのかとか、まだ訊きたいことは山ほどあった。しかし、その説明は長くなりそうだからやめておこう。
席を立った利久に、セラが言った。
「こちらこそ、貴重な話を聞けてよかったよ。大学の最上階なら、水面に届くんじゃないかな。そこまで送ってあげる」
なごやかな雰囲気で店を出る。何気なく見上げて、二人は悲鳴を上げた。あのひょうたん型の穴が、明らかに小さくなっている。前に見たときは国全体を覆うほどだったのに、今では夜空に浮かぶ月ほどの広さしかない。形も違ってしまっている。
「水溜りが干上がりかけてる!」
「セラ、急ごう!」
空良のスマホの予報では、しばらく雨は降らないらしかった。そう言えば、校舎裏には工事車輌も駐まっていた。ひび割れた地面を舗装し直すためだ。この機会を逃したら、二度と元の世界には戻れなくなる。
だが、時すでに遅し。二人が屋上に辿り着いた時には、亜空間の出口は跡形もなく消えていたのだった。
彼はうなだれ、くずおれた。セラが申し訳なさそうに声を掛ける。
「ごめんね。私がおしゃべりに夢中になったばっかりに」
「君は悪くないよ。……どうにかして、空間をこじ開ける方法はないの?」
「助けたいのはやまやまだけど、私にできることは何も」
利久が諦めかけた、その時。
彼の頭上に、時空の裂目が現れた。穴はどんどん広がってゆく。セラは呆気にとられたように、その成り行きを眺めていた。
「まさか! 今日はもう、雨は降らないはずなのに」
何が何だかさっぱりわからないが、一つだけ確かなことがある。とにもかくにも、自分は助かったのである。
利久は全身をバネにして、頭上の穴に飛び込んだ。
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