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「子供の頃さ、空から降るの雨じゃなくて飴だと思ってたんだよね」  ビニール傘を閉じた天奈(あまな)は空を仰いだ。  朝からしぶとく降っていた細い雨はついにやみ、薄くなった雲はところどころ割れ始めている。隙間からは板のような光が漏れていた。 「ほら雨が上がった後のアスファルトってきらきらしてて綺麗でしょ? 飴玉を砕いて散りばめたみたいに」 「天奈さんって昔から乙女チックなの好きなんだな」 「そりゃそうよ。お姫様が嫌いな女の子なんかいないんだから」  天奈は制服のスカートの端を指でつまみ持ち上げる動作をした。  顔には優雅な微笑みを浮かべているが、膝上丈のスカートではいまいちサマにならない。 「まあでも綺麗なのはわかるな」  彼女から視線を外して自分たちの前に伸びる道路に目をやる。  いつもと何ら変わりない下校道だが、青々と茂る街路樹も錆びかけのカーブミラーも短い横断歩道も日の光を浴びて瞬いていた。 「でしょ? なんかうれしくなっちゃうよね」  から、と音が聞こえた。  天奈が口の中で飴玉を転がした音だった。そのままにっこりと微笑むと、右の頬だけふっくらと盛り上がる。 「今日のは何味?」 「ドラゴンフルーツ味」 「どこで売ってんだそんなの」  僕の質問に答えることなく天奈は駆け出した。  アスファルトの上で楽しそうにぴょんと跳ねたり、くるりと身体をターンさせたりしている。まるで小さな舞踏会のようだ。 「滑って転ぶなよ」  声をかけた直後、僕はそれが杞憂だと思い出した。  聞いた彼女も同じことを思ったようだ。   「大丈夫だよ。上利(あがり)くんだって知ってるでしょ」  もう一度、天奈は小さくジャンプした。スカートの端が遅れて跳ねる。  彼女の着地点には大きな水たまりがあった。 「私は絶対滑らないって」  勢いよく着地した天奈はこちらを振り返って笑った。  しかし足元の水たまりには波紋ひとつ生まれない。水面には足裏の形の影が落ちている。  彼女の足は地面から少しだけ浮いていた。  
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