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久々の船釣りだ。大海原で釣り糸を垂れ、一日に何度あるか分からないヒラメの当たりを待つのだ。
生き餌のイワシをハリに付けた後、その左手には朝日に照らされた鱗がキラキラと輝いていた。
顔を上げると、ようやくヒラメの禁漁期間が終了した夏の終わりの大海原が広がる。それはまるで無数のイワシの鱗の如く輝きに満たされていた。
さらに顔を上げると、フルパワーの太陽が容赦なくその光で自身の両目を貫き、思わず左手でそれを遮った。
これほどまでに太陽は眩しかっただろうか。一体、今までどれだけの間、下を向き悶々として生きてきたのだろうかと、一瞬の物思いにふけった。
その時、足下でハリのついたイワシが跳ねた。そうだ、今日は釣りに来たのだ。我に返り、餌を付けた仕掛けを海面に投入すると着底を待った。四十メートル程だった。
それから数時間、当たりはなかった。ヒラメ釣りはそういうものだ。何もしない、何も考えない時間が訪れる。その時間は嫌いではない。むしろ、その時間が欲しくて季節外れのヒラメ釣りに訪れたのだった。疲弊した心を洗い流してくれる事を期待して……。
日常生活で何もしない、何も考えない時間は意外と少ない。満員電車の中、静かなカフェ、家でのリラックスタイム……。そのような時間は意外と何かしらしているし、何かしら考えている。気が付けば、その日の仕事の段取りを考えている。無意識にスマホを触っている。脊髄反射的にテレビの電源を入れている……。
引きこもって自堕落な生活を送る自分ですら、何もせずとも脳内は不安や葛藤でせわしなく空回りし続けていた。
それが、大海原に伸びるヒラメ竿の先端をただ眺める瞬間は、全ての陰鬱な気持ちを吹き飛ばしてくれる。
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