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海底に届く光はどの程度なのだろうか。海面の眩い程の煌めきは太陽光の反射を意味する。それを差し引いた光が海中に届くが、深くなるほどにその光量は減衰してゆく。
深く暗い海底から無理矢理引っ張り出されてきたヒラメに自分を重ねてしまった。茶色いヌメり気のある体表に、ギザギザの歯、怖い顔。
それはまるで異世界から来た怪物かエイリアンのような異質さを放っている。地上から見るキラキラした水平線とは明らかに違う世界の生命体だ。
それが暗い海底から上がってきたのだ。暗い自室にこもって醜く太って荒んでいた自分と重なったのだ。
海水とヒラメの体液でベタベタになった手でスマホを触る。友人に大物が釣れたと連絡をしたら、再びその大海原に釣り糸を垂れる。
すると、大物が釣れた余韻に浸る間もないほどに、またすぐに竿先が振れた。まるで不意打ちのような当たりに慌ててしまった。
合わせが早かった。ヒラメが餌を飲み込む前に竿を上げてしまったのだ。イワシがヒラメの口からすっぽ抜けたのだろう。案の定、弱って死にかけたイワシには、ヒラメの歯形が痛々しく残っていた。
そこから何も考えない時間は訪れなかった。
「あと一回、当たれ!」
小さくそう呟いた自分がいた。自分自身に驚いた。家族が瓦解したあの悲しい日から、自ら何かを求めた事などあっただろうか。そこには、二匹目のヒラメを求める自分がいた。
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