ヒラメと太陽

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 これから歩み出す一歩は新しい一歩だ。決して過去に一回経験した事の二番煎じではない。それは「もう一回」ではなく、完全に新しく代替不可能な「一回」なのだ。そして、過去の「一回」にもきちんと対峙する勇気が必要だ。  酔った友人はそのような趣旨の事を彼自身の言葉でぶつけてくれたのだ。彼の生い立ちと酒の勢いがそうさせたのだろう。良い友人を持ってよかったと目頭が熱くなった。  後日、元妻と交渉した。娘との定期的な面会を強く求めたのだ。どうして今まで弱腰だったのか。娘には父親に面会する権利がある。危うく父親として最低限の、そして最大限の責務を放棄してしまうところだった。友人から勇気を貰い、娘との面会を果たしたのだ。  それから月日は流れ、すっかり日も短くなり、海面に反射する山肌は赤、黄、橙といった鮮やかな色調に変貌を遂げた。医者からはリハビリ出社の許可が出た。復職の日も近い。  会社には迷惑をかけてしまった。復職後に待ち受けるのは、同情か、敬遠か……。どのような事があろうと、自分は自分だ。過去を受け入れ、前を向く。ただ、それだけの事だ。  最近の秋は短い。暑いと思い半袖を着ていたら、瞬く間にコートが欲しい季節になる。もう冬は目前だ。今年の冬の寒さは例年にも増して厳しいらしい。しかし必ず、暖かい春は訪れる。厳しい季節もあるが、そうでない季節もある。確実に季節は巡る。  復職が叶う厳しい冬、ヒラメは脂が乗って旬を迎える。今から真冬のヒラメ釣りが楽しみだ。
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