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 病床のナツキは、喋りかけても微笑みかけても変わらず優しい顔で目を閉じたままでいた。  お父はあたしを車に乗せて病院に通うのが日課になった。病院へ行く途中、車が事故にあった信号まで来るとあたしは毎回まっすぐ行くよう懇願した。ただただ黙って煙った海を見続けた。お父は何も言わずに車を走らせてくれた。  車は何事もなく毎回病院に辿り着いた。頑なにあたしが右側に広がる海を見続けても、あたしがずっと何も変わらなくても、車は何ひとつ支障なく病院に辿り着く。  運命の悔いだなんてないのだ。ナツキはずっとお母さんのように優しくて少しおっちょこちょいで、ただ単にあたしはそんなナツキとは全く別の人格だというだけ。それがあたし。それ以上でもそれ以下でもない。  ほら、お姉ちゃん。今日も何もなかったよ。大丈夫だったよ。ってずっとあたしは動かない姉に言い訳した。    ハルちゃん気にしないで。  そしてまた左座席でナツキは優しく声をかけてくる。ハルちゃんは何も悪くないから、って。あたしは振り向かない。小雨が永遠に降り続く海原をただ黙って眺め続ける。怖くてナツキの顔が見れないのだ。  あたしは海を見つめて何もしない。運命のハンドルを切らないって決めたのだ。  「大丈夫だよ、ハルちゃん。こっち向いて」  その時、ナツキの柔らかくて温かい手があたしの左足をぽんぽんとたたいた。そしてそのまま左肩を抱かれた。  驚いた。まるで小さい頃に大好きな毛布をかけてもらったみたいに身体の左側が温もりにあふれていた。あわてて振り返ると、満面の笑みのナツキがいた。 「お姉ちゃん」 「ね、ハルちゃん。まだ間に合うよ。そこ左曲がってみよう。あの道の先にね桜の森があるんだよ。今きっと満開だよ」  そんなはずがない。もう梅雨じゃんか、桜なんて咲いているわけがない。 「本当だって」  ナツキは悪戯っぽくにこっと微笑んだ。  車は青信号で進みかけたが、急に減速をする。バックミラー越しにこちらを見る運転手の頬が緩んでいた。あたしはその顔にあわてて声をかける。 「運転手さん、すみません。そこの信号をひだりで」
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