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「楽しそうに見えましたけど」
「そう? 表情筋攣りそうだよ」
男は頬を左手で揉み解すような動作をする。会場で見ていた紳士的な表情とは一転して、気怠げな視線を送ってくる男が妙に色っぽくて、茜はどぎまぎした。
「君はなんでその服着てきたの?」
「青いドレスはこれしかなかったから」
「ふうん。でもそれ、空色だよね」
「それはあなただって」
同じ色の服を着た男に気にしていたドレスの色を指摘され、噛み付くように言い返す。男は「そうだね」と笑った。
「空色ってどうして水色のことを指すんだろうね」
唐突なその質問の意図がわからず、茜は男の顔を見返した。男は空を見上げたまま口をひらく。
「空の色って、その時々で違うじゃん。さっきまではオレンジ、今は紫だし。夜になれば紺色になるのに。晴れた真昼の青空だけが空色を名乗れるなんて不公平だと思わない?」
真面目な顔でそう言った男がなんだかおかしくて、茜は吹き出した。
「たしかに。わたしは空の色の中だったら、茜色が好きだな」
自分の名前の色だから。と言うのは恥ずかしくて伏せた。茜色の夕焼け空が綺麗なときに産まれたから茜と名付けたのだと母から聞いて以来、茜空が大好きだった。
「俺は濃紺かな。星がよく見える澄んだ夜の色が好き。でも、夕焼け空もいいよね。空はずっと見ていても飽きない」
今度は少年のような邪気のない顔で笑う男に、茜は目を奪われる。
「やっぱり、今日来てよかったかも」
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