13人が本棚に入れています
本棚に追加
そう呟いた茜の頬に大きな雨粒がひとつ落ちてきた。夕立だ。膨れ上がった雲が抱えきれなくなった涙を零すように、アスファルトはまだらに濡れていく。はじめはゆっくりぱたぱたと落ちてきた雨粒は、あっという間にバケツをひっくり返したような勢いに変わる。
(やっぱり来なければよかった)
傘を持たない茜の気持ちはあっという間にしぼんでいく。
「走れる?」
返事も待たずに男は茜の手首を掴み、ぐいっと強く引いた。空色の服に染みを作りながら、雨の中をふたりで駆けていく。
連れてこられたのはすぐそばにあった洋服屋。そんなに距離はなかったけれど、元の服の色がわからないくらいにはずぶ濡れだ。入り口付近で雨宿りするのかと思っていたら、男は店内に入ってしまう。茜は見るからに高そうな商品の並ぶその店に足を踏み入れる自信がなかった。
「ほら、おいで」
振り返った男は茜の手を取り店内に引き込むと、鞄の中からタオルを取り出し、差し出した。
「結構濡れちゃったね。これ使って」
「ありがとうございます」
店内に濡れたまま入るのが申し訳なく、手渡されたタオルを受け取り、髪やドレスの水分を吸い取った。姿勢のいい綺麗な女性店員が近づいてきて、いらっしゃいませ、と頭を下げる。
「あの、わたしたちは雨宿りに」
「選んだ服、着て帰ってもいいですか?」
茜の声を遮るように、男は店員にそう言った。
「ええ、もちろん構いません」
最初のコメントを投稿しよう!