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茜は財布の中にいくら入っていたかを必死に思い出そうとして、そもそもパーティ用の鞄には財布が入らないから、と交通費分をチャージした電子マネーだけしか持ってこなかったことに気がついた。慌てて男の袖を引き、店員に聞こえないよう耳打ちする。
「わたし、今日お金ないんです。服なんか買えません」
「大丈夫だよ。俺がプレゼントするから。それに濡れた服のままでいたら風邪ひくよ」
「いやいや、そういうわけにはいかないです。今日会ったばかりの名前も知らない人にそこまでしてもらう義理がないです」
「俺の名前、空。それならさ、また会おうよ。君の名前も教えて」
にこりと微笑むソラに、これはナンパなのだろうかと茜は訝しむ。悪い人には見えないが、信用していいものだろうか。
「茜」
じっと見つめられ、根負けした茜は名前を教えてしまう。ソラは満足そうに頷くと、店の中央にあった茜色のワンピースを手に取ると、茜の体に当てがった。
「これ、茜に似合うんじゃない? 着てみてよ」
半ば強制的に試着室に押し込まれ、茜は仕方なくそのワンピースを身につけた。服単体では派手だと思ったが、着てみると顔映りが良く見える。値が張るだけある。シンプルな作りなのにスタイルもよく見える気がする。茜は何度か角度を変えて、全身を眺めた。
「どうかな?」
恐る恐る試着室から顔を出すと、ソラも自分の服を選んでいたのか、シンプルな紺色のジャケットに着替えていた。
「いいじゃん。茜も気に入ったならそれ買おう」
「たしかにかわいいけどさ、わたしはもっと安いやつでいいから」
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