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悪魔の本懐
「おまえのようなインチキ宗教家のせいで妻は死に追いやられたんだ!」
包丁を突きだし、そう叫ぶと、教団の総裁はふりかえって目を見開いた。
調べたとおり、真夜中の祈りの時間は総裁が一人きり。
だれかが助けにくるまえに決着をつけようと走りだしたものの、包丁は空ぶり、片手で頭をわしづかみに。
総裁は俺と体格が変わらないはずが、とんだ怪力で、手を外せないし、頭蓋骨が軋む音がする。
正直、肝が冷えたとはいえ「この詐欺師め!」と怒鳴れば「わたしが、彼女の死を望むわけないでしょう」と嘲笑。
「人の不幸を糧に生きている存在なんですから。
そんなわたしにとって、彼女は上客だった。
彼女ほど不幸を背負う人は、なかなか、いませんからね。
彼女を幸せにせずとも、死んでもらっては困るとあって、追いつめるようなことはしませんでしたよ」
「俺を言葉で惑わそうとしても無駄だ!」と叫ぶも、どこ吹く風で、頭をぎりぎり絞めつけながら、総裁は話しつづける。
「彼女は子供ができないことを、あたなの親に責められて、とても辛い思いをしてましたよ。
あなたも庇ってくれなかったそうで」
「いや、俺は、あいつと離婚しなかったんだぞ!」
「そうやって恩着せがましく、彼女を服従させた。
ですが、最近、彼女は知りあいにすすめられて、あらためて体を調べてみたんです。
そしたら子供をつくるのに、自分の体に問題がないと分かった。
そのことをあなたに報告するのだと、うれしそうに教えてくれましたよ。
彼女には、夫を責めるつもりはなかったはずですが、あなたは、どう応じたんです?」
問いかけられて、つい記憶を掘りおこしてしまう。
「どうか、あなたも検査してほしい。原因を突きとめて、改善をしていきたい」との妻の懇願に、逆上して怒鳴りつけたのだ。
「俺に責任転換するなんて、とんだ根性の腐った女め!
もし、俺の親に告げ口してみろ!殺してやるからな!」
翌朝、居間にいくと、妻が首を吊っていた。
思いかえして言葉を失くしているうちに、総裁は手の力を強めて、さらに頭をみしみしと。
「あなたのような人は、まわりを不幸にしますからね。
不幸を糧にする、わたしにしたら、ありがたい存在です。
失うのは惜しいですが、無念な彼女を哀れみ、報いてあげることにしましょう。
責任転嫁しつづけても、罪による罰から逃れられないと思い知りなさい」
「妻が自殺したのは、宗教ではなく、俺のせいなのか?」と釈然としないながら、どんどん頭が絞めつけられ、意識を遠のかせていく。
頭蓋骨に亀裂がはいった音を聞いた間もなく、底なしの闇に落ちていった。
俺が落ちていくのを、だれかが覗きこんでいるようだ。
もし妻だとしたら「ざまあみろ」とにんまりとしているのかもしれない。
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