無感情の俺が一線を越えれば彼は笑う

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無感情の俺が一線を越えれば彼は笑う

「階段がもう一段あると思って、強く床を踏むことがあるよな」 教室でぼんやりしていると、そばの机で話すのが聞こえた。 とりまきは「あるあるー」とうなずき、一人が「そうそう、まさに、それに通じる噂があってさあ」と。 「この学校に魔の階段があるんだよ。 その階段を降りると、どうしても、もう一段あると勘違いして床を踏みつけてしまう。 けど、足は床を踏みぬいてしまって、それで、とんでもないことが起こる」 「とんでもないことって?」 「それが、具体的には分かんなくて。 ただ、一線を越えるようなことをしてしまうとか」 話には混じらず「一線を超えるか」と内心、つぶやく。 俺はひどく鈍感で、あまり感情の起伏がない。 おかげで人に見下されても気づきにくいし、笑い者にされていると知ったところで「へえ」と無関心。 そうして一線を越えるまで感情が昂ぶることなく、じっさい、今まで理性をとばして暴挙に走った経験もない。 とあって、魔の階段に興味をもったのだが、彼らの話からは場所を特定できず。 「ま、いっか」と捨ておいて、すっかり忘れたころ。 友人と階段を降りていて、さきに床に足をつけた彼が「そういえばさあ」と俺を見あげた。 「おまえ、すごく、むかつくよな」 なんの前ぶれなしの、にこやかな暴言。 急すぎたのと、もとより、感情的でない俺なので、無反応でいると「そういうところな」と指を差されて。 「俺がなにを云ってもしても、ぼうっとしているだろ。 なんだか、俺の言動がすべて無価値だといわんばかりにさ」 「そんなつもりは」と否定するまえに「このごろ、おまえ昼休みいないよな」と話題転換。 「校舎裏で猫と遊んでんの、俺、知ってるから。 よほど、かわいがってるんだろうな、首にリボンまでつけて」 語ったそばから、見覚えのあるリボンを見せつける。 目を見張る俺に、にんまりとして告げたことには。 「今日、用水路で猫の死体が見つかったって聞かなかったか?」 「さあて、昼休みに愛しの猫はきてくれるかなあ?」と背をむけて歩きだしたのを、追いかけるように踏みだしたとき。 もう一段あると思ったのが床に着地。 おかげで勢いづいたまま床を踏みつけ、スイカが割れるような鈍い音が。 やおら視線を下げると、足が彼の頭を貫通し、頭蓋骨が砕け散っていたもので。 後日、施設でカウンセラーが「猫は生きていたよ」と教えてくれた。 「友だちは、どうして、そんな嘘を吐いたんだろうね」 俺は応じようがなく、思いかえす。 頭を踏みぬかれた友人はご満悦に笑っていたような。 その心境を理解するのは、俺にもカウンセラーにも無理だろう。
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