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足音を立てて階段をおりてくるあなたは誰?
家のトイレは階段の一直線上にある。
そのうえ家が古いとあって階段の軋む音が、トイレ内まで聞こえる。
二十年以上、住めば、あまり音が気にならない、わけでもなく、いちいちわたしは過敏に。
階段を下りてくる足音を耳にすると、施錠してあるか確認。
たまに鍵を閉め忘れることがあるし、階段を下りてきて、そのままトイレにはいることが多いから。
その日は会社で胸糞わるい思いをし、帰宅後すぐにトイレに引きこもり。
冷たい便座に座り、うな垂れていたら、階段を下りてくる足音が。
反射的に鍵を見て、ほっとしたのもつかの間、はっとする。
この時間はまだ、母が帰ってきていない。
玄関にも母の靴はなかった。
母と二人暮らしで動物も飼っていない。
「誰?」と頭を混乱させるうちにも、階段の軋む音は近づいてくる。
相手が何者にしろ、入室中の表示がされているから、わたしがトイレにいるのは丸分かり。
わたしにもトイレにも用がなく、素通りしてくれればいいが、ドアを叩いたり、蹴破ったらどうしよう・・・。
正体も目的も不明とあって戦々恐々とし、息をつめて硬直。
ドアの向こうの相手は床を踏みしめた音を立てたきり、静かに。
どうもドアのまえに佇んでいるらしく、発声せず、物音を立てず、足音を遠ざけることもなく。
ドア越しに得体の知れない存在に凝視されているような錯覚をし、あまりの恐怖と緊張を強いられたせいか、意識を失った。
目覚めると病室。
ベッドの脇には、母が座ってうたた寝。
おそらく帰宅した母は、トイレの異変に気づき、どうにかドアを開けて救急車を呼んだのだろう。
「仕事で疲れているだろうに、心配をかけて申し訳ない」と母を見つめつつ、さっきまで見ていた夢を思い起こす。
夢では、わたしは昏倒せずにトイレのドアを開けた。
廊下や階段は血まみれに。
そして、全身に血を浴びたような母の背中を目の当たりにしたもので。
母を見あげた目線からして、幼いころの記憶かもしれない。
といって、わたしには子供のころの記憶が消失しているはずだが。
おかげで、いつの間にか消えた父との思い出もない。
なんて、ふと父のことを思い浮かべたのは「階段にいるのは、かつての同居人なのではないかと」一瞬、あのとき考えたから。
「いや、まさか」と顔をふって、なにげなく母が持つスマホをとった。
画面にはニュースが表示。
家の近くの川辺に男の白骨死体が見つかったとのことだ。
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