足音を立てて階段をおりてくるあなたは誰?

1/1
前へ
/11ページ
次へ

足音を立てて階段をおりてくるあなたは誰?

家のトイレは階段の一直線上にある。 そのうえ家が古いとあって階段の軋む音が、トイレ内まで聞こえる。 二十年以上、住めば、あまり音が気にならない、わけでもなく、いちいちわたしは過敏に。 階段を下りてくる足音を耳にすると、施錠してあるか確認。 たまに鍵を閉め忘れることがあるし、階段を下りてきて、そのままトイレにはいることが多いから。 その日は会社で胸糞わるい思いをし、帰宅後すぐにトイレに引きこもり。 冷たい便座に座り、うな垂れていたら、階段を下りてくる足音が。 反射的に鍵を見て、ほっとしたのもつかの間、はっとする。 この時間はまだ、母が帰ってきていない。 玄関にも母の靴はなかった。 母と二人暮らしで動物も飼っていない。 「誰?」と頭を混乱させるうちにも、階段の軋む音は近づいてくる。 相手が何者にしろ、入室中の表示がされているから、わたしがトイレにいるのは丸分かり。 わたしにもトイレにも用がなく、素通りしてくれればいいが、ドアを叩いたり、蹴破ったらどうしよう・・・。 正体も目的も不明とあって戦々恐々とし、息をつめて硬直。 ドアの向こうの相手は床を踏みしめた音を立てたきり、静かに。 どうもドアのまえに佇んでいるらしく、発声せず、物音を立てず、足音を遠ざけることもなく。 ドア越しに得体の知れない存在に凝視されているような錯覚をし、あまりの恐怖と緊張を強いられたせいか、意識を失った。 目覚めると病室。 ベッドの脇には、母が座ってうたた寝。 おそらく帰宅した母は、トイレの異変に気づき、どうにかドアを開けて救急車を呼んだのだろう。 「仕事で疲れているだろうに、心配をかけて申し訳ない」と母を見つめつつ、さっきまで見ていた夢を思い起こす。 夢では、わたしは昏倒せずにトイレのドアを開けた。 廊下や階段は血まみれに。 そして、全身に血を浴びたような母の背中を目の当たりにしたもので。 母を見あげた目線からして、幼いころの記憶かもしれない。 といって、わたしには子供のころの記憶が消失しているはずだが。 おかげで、いつの間にか消えた父との思い出もない。 なんて、ふと父のことを思い浮かべたのは「階段にいるのは、かつての同居人なのではないかと」一瞬、あのとき考えたから。 「いや、まさか」と顔をふって、なにげなく母が持つスマホをとった。 画面にはニュースが表示。 家の近くの川辺に男の白骨死体が見つかったとのことだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加