父の愛しい血肉のつまった缶詰

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父の愛しい血肉のつまった缶詰

台所を整理していたら棚の奥から缶詰がでてきた。 ラベルは剥がされ、缶が変色しているに、かなり古いもの。 消費期限が分からないし、いくら日持ちをするとはいえ、このまま放っておくのは落ちつかない。 といって、不明なまま中身をとりだすのもためらわれ、缶詰を持って居間のほうへ。 呆けてテレビを見ている父に「ねえ、この缶詰・・・」と声をかけたら。 いつも無気力な父が、とたんに目の色を変え「それは俺のだ!」と絶叫し跳びかかってきた。 突きとばされたわたしは、缶詰を手放し倒れていき、床に頭を打ちつけ、と同時に脳裏に浮かんだ、ある光景。 幼いころ、深夜に喉が渇き目覚めて台所にいったところ。 暗い台所から月明かりが漏れて、床には蠢く影が。 ぐちゃりぐりゃりと耳障りな音も聞こえ、てっきり化け物がいるのかと。 すぐに逃げだしたかったが、助けを求めるにしろ、正体を知らせねば、物事に無頓着な父は重い腰をあげないかも。 そう考えて出入り口から目を覗かせると、なんと、いたのは父。 床に座りこみ、屈みこんで、鮮烈な血が滴る艶やかな肉片を貪っていたもので。 つい悲鳴をあげそうになったのを、すかさず手で塞ぎ、足音を忍ばせて、後ずさっていった。 母が亡くなり、親戚とは疎遠で、わたしが頼れる大人は父しかいなかったから。 父にばれたら見捨てられるものと考え、台所に踏みこんで「なにしているの?」と問わなかったし、以降、この世のものとは思えない、おぞましい光景を忘れたのだと思う。 頭を打った衝撃で、その記憶が甦り、気がつけば、呟いていた。 「母さん?」と。 わたしが物心ついたころ失踪し、今も行方が知れない母と、過去に目にした缶詰。 どうしてか、その二つが関連しているように思えたのだが、果たして父は缶詰を抱きしめ「美波は俺のものだ!」と激昂。 「なのに、美波は不倫をして、挙句、相手と添い遂げようとした! 俺は、美波だけいればいいのに!」 「おまえも、俺から美波を奪うつもりか!」とまた襲いかかってくるかと思いきや。 倒れたまま、見やると、蓋をあけて缶詰に手を突っこもうと。 が、中身をすくいとるまえに、缶詰から巨大な肉の塊が膨らみながら跳びでてきて、あたりに血の雨。 血しぶきがあがるなか、肉の塊は父を飲みこみ、かつての真夜中の台所より、凄惨な光景を目の当たりにしたわたしは失神。 目が覚めると、惨殺死体がなければ、血が散乱する跡もなく、缶詰があるだけ。 ただし、二つ。 警察に持っていっても、わたしが疑われ、正気がどうか怪しまれるだけ。 だれにも相談はできないし、といって捨てることもできず。 しかたなく仏壇に二つ並べて置いておくことに。 仏壇のまえで手を合わせると「これでは、美波に触れられないではないか!」と缶詰から父のクレームが聞こえるよう。 隣にいるのに手だしできないのは、執着の鬼のような父にとって拷問なのだろう。 まあ、死んでもなお惨いしうちをしたのだから、それくらいの罰を受けなければ、母も報われないというものだ。
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