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彼女の魂がけがれていくのを鬼はたのしみに待つ
従姉は異常に他人に厳しく、極端に自分に甘い。
おかげで幼いころはさんざん痛い目にあわされたが、年を重なるにつれ、つきあいは少なくなり。
社会人にもなれば、ほとんど会わなくなったものを、祖母の葬式で久しぶりに顔を合わせることに。
結婚し、子供もいるというに「すこしは変わったかな」と思いきや、なんのその。
祖母の家には犬がいて、甥っ子や姪っ子たちがリードを持って散歩にいったときのこと。
なかなか帰ってこなく、大人たちが探しにいったら泥だらけの子供たちと遭遇。
子供らは泣きながら曰く「逃げた犬を追いかけてころんだ」とのこと。
ぶじに大人が犬を捕まえ「大変だったねえ」と子供を宥めたものを、にわかに従姉が「わたしは騙されない!」と絶叫。
「遊んで泥だらけになったのを、大人に怒られるから、犬のせいにしたんでしょ!
そんなつまらない嘘をついたら、魂がけがれるんだから!
鬼はけがれた魂が大好物なの知っている!?
あまり大人を舐めた態度をとると、今夜にも鬼が魂を食べにくるかもね!」
後日、親戚一同、ショッピングモールに行ったところ、従姉が行方不明に。
探しまわって、カフェで地元の友人と談笑をしているのを発見。
どうして電話しても応じてくれなかったのかと問いつめれば、鼻で笑って曰く。
「友だちと会うって、わたしちゃんと伝えておいたのにさ、忘れたほうがわるいんじゃない。
なのに、どうして、わたしの貴重な時間を割かないといけないの?」
従姉の傍若無人ぶりは、変わらないというか、パワーアップしたよう。
まあ、わたしは疎遠だからいいとして「甥っ子は大変だな」と同情したもので。
それから十年後、従姉が精神病棟にはいったと聞き、お見舞いへと。
が、不安定だからと会うことは叶わず、代わりに甥っ子と話を。
大人びた雰囲気をした礼儀正しい子で「きみはだいじょうぶ?」と聞くと、首をふり「このごろ分かったんです」と達観したような口ぶりで。
「病院にはいって母は独り言が多くなって、それで知りました。
母の親もまた躾の一環で『魂がけがれると、鬼が食べにくる』と聞かせていたようです。
それを信じていた母は、ある事件に巻きこまれた。
昔、母の住んでいた町に変質者が出没していたようで。
母と友人は声をかけられた。
『どっちのほうがいい子かな?』と。
手をあげた母は助かり、友人はつれていかれ帰ってこなかった。
そのことを知って、なんだか納得しました」
過去を引きずり、従姉は今も「自分はいい子です」と過剰にアピールせざるをえないのか。
言葉を失くすわたしを尻目に「どこまでが、ほんとうか分かりませんが」と甥っ子は冷めた口調で、でも、かすかに口角を歪めて告げた。
「もし、けがれた魂が鬼の大好物というなら、さぞ、母は食べごろでしょうね」
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