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罪を犯しておいて被害者面するのは許されない
俺は殺人者であり、被害者だ。
殺しの動機が、母親の敵討ちだから。
母は保険の外交員をしていたが、会社がブラックで、さんざんな目にあった。
ノルマ達成できない分は、自分で補填しなければならず、家や実家の資産に手をつけ、さらには借金を重ねて。
いよいよ首が回らなくなり、自殺。
資産を使ったことで、俺らは親戚から責められて絶縁。
父が蒸発し、のこされた幼い俺と妹は施設送り。
大人になって妹は結婚し家庭を持ったとはいえ、俺のほうは何回も仕事を辞めて、ふらふら。
貧困に喘ぎながら、食いつないで二十年。
母を自殺に追いやった保険会社のPR動画を見かけた。
あるタレントが、保健の重要性やすばらしさを語り「保険はいつでも、あたなに寄りそいます!」とにこやかに喧伝。
怒りに燃えた俺は、タレントのエッセイ出版のサイン会に赴き、彼の心臓をナイフで一突き。
現行犯逮捕されて、今は拘留所に。
裁判はまだだが、死刑になろうとかまわないと、投げやりな気分でいたところ。
弁護士と面会をしたなら「世論が味方をして有利になるかも!」と拳をふりあげた。
ニュースは俺の生い立ちについて取りあげ、多くの国民は同情し、保険会社を責めているという。
「差しいれもすごいんだ!なかには支援したいって現金をくれる人もいるし!」
もとより罪悪感はなかったが、そんな世論の声を聞き「ああ、俺は被害者だったんだ」と痛感。
以降「無罪になるかも」と信じはじめ、社会復帰に思いを馳せたのだが。
あるときから、毎日悪夢にうなされるように。
巨大な鬼に、頭と足をつかまれて、雑巾のように体を絞られるのだ。
首が折れても、死ぬことはなく、失神することもなく、体をぐちゃぐちゃに歪められて、ひたすら激痛に苛まれる。
非情極まりない拷問をしつつ、鬼は言葉でも追いつめてきて。
「なーにが、母親の敵討ちだ。
二十年経って、今更、しかも会社と直接関係ないタレントを殺すなんてよお。
たんに自分が怠けて社会でうまくいかないのを、責任転嫁しただけだろ。
そもそもタレントの動画は、べつの保険会社で使われていたものだぞ?
いや、分かっていて標的にしたな。
このタレントは炎上しやすくて、よくマスコミに叩かれていたしな。
だが、叩かれていたのは、やつがマスコミと戦っていたからだ。
芸能人に対する不当な取材、あくどい報道を抑制しようとしていた」
「だ、だとしても、境遇からして俺のほうが不憫な被害者なのはまちがいない!」
「絶対的にではない。
なにせ、タレントの妻は命を差しだして、わしに罪相応の罰を与えるよう頼んだから。
遺族にとって、おまえが憎たらしい殺人者なのはまちがいない。
そうだろ?」
毎晩、かならず悪夢を見るに、だんだんと眠れなくなっていった。
睡眠不足で体が辛いし、眠れば、延々と拷問をされるし。
「死んだほうがましだ」と思いつめて自殺未遂をしてからは、監視が厳しくなり、死にたくても死ねず。
鬼の責苦にあいながらも、相かわらず罪悪感は芽生えない。
が、「こんな目にあうなら殺さなきゃよかった」と後悔したものだ。
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