『2週間で小説を書く!』実践演習 その1(リレー小説)

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『2週間で小説を書く!』実践演習 その1(リレー小説)

 清水吉典氏の『2週間で小説を書く!』の実践練習のお題をひとつずつやっていくノートです。 お題が14日分(二週間分)あります。 【実践練習第1日】リレー小説  できれば数人で行いたいが、一人でもできなくはない。  人数分のB4くらいの紙を用意する。一人当たり数行程度のストーリーあるいは場面を書き、それを次の人に回していく。回す回数は人数が多ければ人数分だが、少人数の場合は、十回なら十回と決めておく。最初の人にはタイトルと書き出しを作る権利がある。最初の人が立てたプランが回っていくうちにどう変化していくかは予測がつかない。逆に最後の担当者には結末を作る義務がある。全員がそれぞれ一つのタイトルの制作者になるわけだが、同時に別の作品の続きも執筆するのである。  文章・ストーリーを付け足す場合に、基本的な姿勢は二つある。   ①全体の流れを損なわず、それを補強し推し進めるように書く。   ②意外な方向転換を仕掛け、流れに変化を与える。 『2週間で小説を書く!』清水吉典 幻冬舎新書 梯子の森と迷い込んだ猫 1  夢を見た。夢のなかで夢だと、糸くずのような子猫に言われた。  美沙は満月の夜、町を徘徊して歩く。家にあるやかんやカルトンが美沙の歩いたところに散らばっている。美沙はハイになっていて、この町を征服したような気分でいる。道を汚して悪いと思いながらも、美沙は自分の痕跡を道に残すのだ。  森崎という標識が出ている家で、喧嘩をする声が聞こえた。その声が夜中の空気を振動して外に漏れていて、美沙はその家の前で足を止める。喧嘩の内容までは聞こえてこないが、以前も美沙がこの家の前を通ったとき、口論する声が聞こえた。そのことを思い出す。  家の人間が美沙に気づいたらしい。家の前を散らかしたのがばれるとまずいだろう。美沙は落としてきたがらくたを集めながら、自分の家に戻っていった。 2  家のなかに親戚の男女が数名いた。三十代のいとこたちが集まって、その横で叔父が車を直している。叔父は叔母に、車に取りつけるライトを見せている。  美沙の家にはがらくたが詰まっている。いつか使うだろうとものを取っておいて、そのままになっているからだ。先ほどのライトも叔父が物置になった部屋から探し出してきた。物置になった部屋は荒れていく。家のなかも同じだ。  そろそろ物を何とかしよう、と美沙が考えていると、玄関の引き戸の隙間から茶色の毛玉が飛び込んでくる。  汚れて糸くずにまみれたようになった猫だった。 3  猫は家の階段のカーブした手すりを駆け上がって、二階からじっと美沙を見下ろした。  茶色の毛玉が糸くずをなびかせて、前脚を踏みしめている。 「これは、人間の夢だ」  猫が言った。甲高い男性の、かすれた声だった。美沙の首筋を嫌な電流が走る。たしかにこれは私の夢だと、美沙が初めて気づく。  車のライトが階段を照らし出した。白く輝くライトに、猫の目が光を放つ。 「あなた、誰?」  美沙が叫んだ。  意識が上へ引き戻される。美沙は暗闇のなかでおののきながら目を開いた。 4 「あなた、誰?」  こわばった自分の声で目が覚めた。  美沙はベッドの上で大きく瞬きをした。天井の照明の豆電球が、暗いオレンジ色の光を放っている。  夢のなかでこれが夢だと気づいたのは初めてのことだった。喉がむずかゆい。  夜気が冷たかった。頬を布団に潜り込ませる。見慣れた天井の円い照明が、いつ消えるかわからない頼りないものに見える。  目だけを動かして天井を見る。動くなと強要されたように息を殺す。  ここは確かに私の部屋だ。美沙は眼球を動かして周囲を見回す。なのに、胸が警告のように速く打っている。  仕事が終わって、引きずり込まれるように眠りについた昨夜と、今目の前にあるこの夜は、本当に同じ夜なのだろうか。糸くずのような茶色の猫を思い出す。  私の夢はいったいどこに繋がっていたのだろう? 5  美沙は部屋の片隅に小さな光があることに気づいた。四角く切り取られた窓のような、仄かな光。  そこからカリカリと音が聞こえる。猫が爪を立てるような音だった。 「ここから出してくれ」  甲高い男の声がした。猫だ。美沙の肩がビクリと跳ねる。 「夢の出方を学校で習っただろう!」  夢の出方? 美沙が仄かな暗闇のなかで首を傾げる。四角い光から猫の声が漏れてくる。 「そんなの知らない。目が覚めるだけだよ」 「忘れてるだけだ。夢の出方を知らなければ、眠ることもできない」  出方を知らなければ、夢に閉じ込められてしまう。猫が甲高い声で続ける。 「夢から出られなくなることを、君たちは別の言葉で言っている」 6  猫は美沙の夢に巻き込まれたらしい。そして夢から出られなくなっている。 「夢の出方なんて知らないよ。寝ていたら目が覚めるだけで」 「眠り方も最初は習うんだよ。そうだ、眠り方を思い出すといい」  猫の声がさらに甲高くなる。 「出口になるっていうことは、入り口にもなるってことだからね」  美沙の黒目が真ん中に寄る。夜布団に入る行為が何かの入り口だなんて、考えたこともない。人間は疲れたら眠る。スイッチが切れたら充電する。それだけのことだと思っていた。 「わかった。もう一回寝てみる」 「助かるよ」  猫の声が四角い光から漏れた。安堵したような声だった。 7  美沙が布団のなかで目を閉じると、叔父と叔母が車のライトを点けているようすが目に浮かんだ。  ライトが格子目を輝かせて白い光を放っている。知らない間に美沙は夢の家の階段下にいた。  糸くずの猫が踊り場の手すりに座って美沙を見下ろしている。 「私、夢のなかにいる?」 「そうだよ」  猫が鉤になった尾を左右に振っている。あいかわらず夢の入り方はわからないが、美沙は自分の夢を操ることができるらしい。 「あなたはどこから来たの?」 「僕は僕の世界にいる。過去も未来もない今だ。何かの拍子に君の世界に触っちゃったんだな。そして君の夢から出られなくなった」 「どうすればここを出られるの?」 「君が君の夢をたためばいい」 「たたむ?」 「君がここに何かをやり残してきたんじゃないか?」 8  美沙は首を右に傾けながら自分の夢を巻き戻した。 「家のガラクタがたくさんあって、何とかしないとと思って……」 「それから?」 「道にガラクタを撒いて歩いてた」 「それで?」 「誰かの家の前で、その人たちに見つかったらまずいと思った」 「何で?」 「いつも家族で喧嘩してる人たちだったから」  美沙は眉間に皺を寄せて記憶の家に目を凝らした。家の表札を見たことを思い出す。 「森崎って家。何を揉めてるのか知らないけど、たぶんずっと不満なんだろうと思う」 9  美沙は森崎の家の前に立っていた。満月が美沙の頭上を照らしている。  森崎と表札が出ている家では、あいかわらず喧嘩をする声と物音が響いている。  私がここで何をするべきなのだろう? 美沙は門扉の呼び鈴を見つめながら考えた。  自分の家のなかにガラクタが詰まっている。この家は常に怒鳴り声が響いている。  美沙は呼び鈴に手をかけ、ふと目をみひらいた。  私が嫌なのは、両親の喧嘩する怒鳴り声を聞くことだった。  家のなかにガラクタのように降り積もっていく、両親の怒鳴り声の地層を、自分が何とかしなければと思っていたのだった。  子供のころはただ黙って聞いているだけだった。悲しいと思いながらも、どうにもできなかった。  でも今私は大人で、この喧嘩を止めることができる。  ――喧嘩をやめてください!  私は世界を変えることができる。  美沙は呼び鈴に手をかけた。指に力をこめて、呼び鈴のボタンを押す。 10  美沙は暗闇のなかで目を開いた。見慣れた円い照明の豆電球が、オレンジの光を放っている。  ここはどこだろう。そして私は何をしているんだろう。  毛玉のような猫は自分の世界に帰ることができたのだろうか。  美沙は髪を掻き回しながら目を覚ました。見慣れた自分の部屋に、どこかよそよそしい空気を感じる。  美沙は目の奥に光を感じた。  眠りとはエレベーターで、私たちは眠りから覚めるたびに別の世界にいる。  ここは昨日美沙がいた世界とはちがう場所だった。ふいに美沙はそのことに気づいた。  何が変わったかは、今日が始まらないとわからないけれど。  美沙はパジャマの胸元を見下ろした。白いネル生地のシャツの左胸に、昨日まではなかった模様が見える。  茶色の糸で刺繍された猫だった。  この子、ここにいたのかと美沙は首を傾げる。この世界では猫はパジャマの模様であるらしい。  別の世界では毛玉の猫が夢を渡っているのだろう。美沙は口元に仄かな笑みを浮かべた。  そして私も夢を渡っていくのだろう。眠りという梯子の森を辿って。
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