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07 優秀な助手
「ちょっとちょっと~!分かりやすすぎ」
「えへへっ、そうかな?だって嬉しくって」
オリヴィアはニコニコと満面の笑みで皿を洗う。
ジャスミンは呆れた顔で溜め息を吐いた。
これが喜ばずに居られるものか。
幼い頃から誰よりも何よりも憧れてきたデニス・キャンベルが同じ空間で働いているのだ。デニスの指示で野菜を刻み、デニスの命令でブイヨンを煮込む幸せ。
「はぁ、幸せーー!!」
「声に出てるわよ、オリヴィア」
「出してるのよ。あぁ~もう最高の気分!」
「そういえば今日はお茶の時間に新料理長が挨拶するみたいよ。皇帝陛下も食堂にいらっしゃるみたいだから、二人は本当にお知り合いなのね……って、なにその顔?」
「…………べつにぃ」
オリヴィアはへの字に曲がった口を正した。
ネロとまた顔を合わすことになるとは。
彼のプライベートのお手伝いは毎日ではなく、必要な時に限ってはネロの方から知らせが入るらしい。前回は眠たいあまりに適当に聞き流したけれど、いったい皆の目がある前でどうやって伝えるのだろう。
真顔で「今晩部屋に来い」と伝えられたら泡を吹いてしまいそうだ。流石にそれはないと思うけど。
◇◇◇
時計が十時のチャイムを鳴らすと同時に、皇帝は食堂に姿を現した。
すでに待ち構えていたデニス新料理長がその姿を見るや否や近寄って、固く握手を交わす。有名な料理人である彼は人柄も相俟って、もう調理場のみんなに受け入れられているようだった。
「陛下、お元気そうで何よりです」
「改まった態度は不要だ。これでまた一段と食のレベルが上がるな。肥えないようにしないと」
「貴方は少し太った方が良い。先月まで帝都のホテルで務めていたが、隣国からの客は皆揃って陛下の王子様のようなルックスにメロメロだ」
「………どこが?」
ぽかんと口を開けたネロの肩を叩いてデニスは吹き出す。
皇帝を相手にこんなに明け透けに話せるとは。オリヴィアだったら命が三つあっても足りない。ドキドキしながら壁際で立っていると、首を動かしたネロと目が合った。
青い目が少しだけ細められる。
恐ろしくなってオリヴィアはすぐに下を向いた。
「そうそう。夏に向けて色々と新メニューを考えたくてね、優秀な助手が必要なんだ」
「そうか、幸い今のメンバーは皆やる気があって良い。誰でもお前が使いやすいパートナーを選んでくれ」
「ありがとう。では、オリヴィアを指名したい」
名前を呼ばれてオリヴィアは勢い良く顔を上げる。
「へっ、わ、私ですか……!?」
「彼女はまだ経験が浅い。腕が良いのは他にも、」
「今朝聞いた話ではオリヴィアは僕のファンらしくてね。尊敬してくれる後輩の方が僕も教えやすいし、きっと飲み込みも良いと思うんだ」
ね?と同意を求められてオリヴィアは反応に困る。
というのも、優しく微笑むデニスの隣で魔王のように眉間に皺を寄せたネロがこちらを睨んでいたから。どうしてそんな顔をするのだろう。たしかに他により優秀な料理人は居るけれど、デニスを尊敬する気持ちは引けを取らない自信がある。学びたいという意欲もまた同じ。
「どうかな?悪い話じゃないと思うけど」
「や…やります!やらせてください!」
「そうこないとね。可愛い助手が手に入ってラッキーだ」
チラッと目を向けた先で、凶悪な顔をしていた皇帝はもうこちらを見ていなかった。
オリヴィアはほっと息を吐き出す。
隣でジャスミンが「おめでとう!」と背中を叩いた。
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