隣の騒音

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 このアパートに越してきてからおよそ半年。  仕事が忙しすぎて、部屋には眠りに帰ってくる程度になっているけれど、そんな状態だからこそどうしても耐えられないことがある。  隣の家の子供がうるさい。  子供に文句を言うのはよくないと思うけれど、夜中にいつまでも大声を出して騒ぎ、駆け回られたら、さすがに腹も立つというものだ。  しょせんは子供のすること…とはいえ、家には親がいるのだから最低限の躾は必要。それを怠って近所に迷惑をかけ続けている以上、こちらの怒りが燃え上がるのは当然だ。  ほら、今もまた騒いでいる。今日こそ文句を言ってやろう。そう思った瞬間、チャイムが鳴った。  玄関に駆け付けて顔を出すと、そこにいたのは、関りはほとんどないが、一応顔だけは知ったている、件の子供の母親だった。 「子供のすることだと思ってずっと我慢してたけれど、今日はもう限界。いい加減、昼となく夜となく、子供を騒がせるのをやめてもらえません?」  開口一番の発言に、怒りも忘れて私は目を点にした。  この人は何を言っているのだろう。子供がうるさくしているのはそっちの家ではないか。  すぐさまそう反撃しようとしたけれど、ふと思い立ち、私は隣の奥さんにこう告げた。 「うちに子供はいません。さらに言うと、私は結婚もしてません。ここで一人暮らしです」 「嘘! だって、昼も夜も、そっちの部屋の方から子供の声や動き回る音が…」 「それは、ずっと私が、そちらの家に対して思っていることです」 「うちに?」 「ええ。子供があんなに騒いでいるのに、どうして叱ったりしないんだろうって、ここに引っ越してきてからずっと思ってました」 「うちの訳ないじゃない! うちには子供なんかいないんだもの!」 「そうなんですか。でも、それはまったくうちも同じです。なんなら上がって、子供がいるかどうか確かめてください。一人暮らしなので、子供どころか夫と呼べる存在もいませんけど」  私がそこまで言うと、隣の奥さんは困惑顔で黙り込んだ。 「…どういうこと? だって、確かに物音は措置の部屋の方から…」  そう奥さんがつぶやいた瞬間、廊下から子供の騒がしい声がした。  二人して、慌てて廊下へと飛び出す。けれどそこに子供の…人の姿は一切なかった。 「今の…いつも聞こえてくる声と足音…」 「私も、毎日あれに悩まされてます」  しばらく二人で廊下を見回したが、それきり、子供の声や足音が聞こえることはなかった。 「…いきなり怒鳴り込んですみませんでした」 「いえ、いいんです。もしかしたら怒鳴り込んでいたのは私の方だったかもしれませんから」  謝罪と許容を口にし、私は隣の奥さんとしばし見つめ合った。その瞬間、今度は上の階から子供の声と足音がし、すぐにそれは下の階へと移動した。 「ここに来てまだたったの半年だけれど、次の引っ越しを考えた方がいいのかも」 「うちも、夫と引っ越しについて話し合おうかな」  最後には、お互い同じ心境になり、私達はそれぞれの部屋へ戻った。  …あれからも、子供の足音や声には悩まされているけれど、もう全く腹は立たない。  そんな私は、たまに隣の奥さんと顔を合わせると、引っ越しのことを話し合ってきたが、お互いどうにか新たな部屋を借りることが決定し、今はそれぞれ慌ただしく、引っ越しの準備を進めている。 「次は何もない所だといいですね」 「ええ、お互いに」  偶然重なった引っ越しの日、私達はそう囁き合い、同時にアパートを後にした。 隣の騒音…完
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