青のヘッドフォン

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 *    いつだって人間関係というものは、ふっと気がついて睫毛をあげたら出来上がっているものだった。あたしは目立ちたいわけではないけれど、だからって日陰者でもない。つるんでいる友達も安っぽい歌詞とかくだらないテレビ番組で騒いでいる子が多かったから、関係性を築くのに苦労した記憶はない。  突然の呼び出しをもらって、中心街にあるマクドナルドへ足を運んだときにいたのが、彼だった。既に先客が5人いて、2人はあたしと同じ制服に身を包んでおり、男側の3人は私服姿だった。この街で一番の進学校は私服通学だから、そこの生徒かなあ、と思いながら集団に合流する。 「セリナ、急に呼び出してきてどしたの」  制服姿の片方が、あたしの声に振り返る。しかし反応したのはセリナでなく、もう一人の子、アイカだった。  アイカは、待ちくたびれた……みたいな顔を一瞬だけのぞかせたあと、すぐに表情を崩した。 「あー、ユリアやっと来た。おっそい」 「ごめん。家で本読んでたら寝落ちしてて気づかんかった」 「ユリア、授業中もあんだけ寝てたのにね」  セリナは笑いながら、目ざとく口を挟んでくる。うっさい、と口では文句を言いながらも、声色は笑っていることに気づく。横にみっつ並ぶイスの真ん中をあてがわれたあたしは、すっと身体を滑り込ませた。  二人ともあたしの友達で、アイカとは同じクラス、セリナは隣のクラスにいる。一年生のときに全員が同じクラスだったあたしたちは、そこから悪友としての絆を深めてきた。  声を落として、左隣のセリナに訊ねる。 「ねえ。この人たち、誰?」 「アイカの友達らしいよ。さっき合流してきたばっかだからよく知らんけど」  セリナの言葉をトリガーにして、ははあん、と脳みその普段使わない部分が高速で回転するのを感じる。  普段のアイカだったら集まることが決まった時点で最初からあたしにも声をかけるだろうし、セリナはあたしとアイカに比べたら大人しい。アイカとセリナはどっちも可愛いけれど、10人の男にどちらかを選ばせたら、セリナより明るくて胸の大きいアイカを選ぶやつのほうが多そうだ。しかしあたしには、外見のスペックでは僅差でアイカに勝る……という周囲からの客観的な評価と、それに裏打ちされた自負を持ち合わせているのだった。  たぶん、アイカはわざとあたしに声をかけなかったな。それでいて、セリナへは自分を引き立てる存在として声をかけた。しかし、そのセリナが心細くなって「ユリアも呼ぼう」と持ちかけたに違いない。  親しき仲にも礼儀があるし、あたしは別に他人を錯覚させてまでモテようとは思わないから、特に喧嘩をふっかけるつもりはないけど、なんだかなあ。これなら断って家で本の続きを読んでたほうが有意義だったかも。ただ、それだとひとり巻き込まれたセリナが少し可哀相か。 「あーごめん、ユリア来たし紹介するわ」  なんとなく普段より数%くらいテンションが落ち着いているアイカは、目の前の男たちについて紹介をはじめた。結論から言えば彼らは高校生ではなく、隣の街にある医大の学生だという。どこ経由で繋がったの、と訊ねるとアイカは「秘密」と答えをはぐらかした。他人に聞かれるとヤバいんだよね、ということの暗喩でもある。アイカめ。大方、また非合法なやりかたで、お小遣い稼ぎでもしているのだろう。  ふと、あたしの正面に座る男と視線がぶつかった。左と右はいかにも量産型大学生という感じのありふれた髪型と服装だったけれど、真ん中の彼だけは髪をシルバーに染めていて、そのくせ白い肌の中に整然と並べられた顔のパーツが目を引いた。見た目の派手さとは裏腹に、アイカとセリナに向かい合う二人はペラペラと話し始めているのに、彼はあたしと目が合っても、曖昧に微笑むだけだった。  やがて、むずがゆくなったあたしが口にしたのは計略も何もなく、正直な感想だった。 「髪の色すごいね。この人もお医者さんになるの、って思った」  彼は「すごいね」の部分で条件反射になったのか、照れくさそうに「よく言われる」と返してきた。 「でも、そう言うきみの髪の色もすごいと思うよ」  うちの学校は校則がユルい。別に頭が良いわけじゃなく、生徒は揃いも揃って教師の言うことを聞かないし、教師ももはや(さじ)を投げているからだ。あたしも目の前の彼に負けず劣らず、ほぼ金色に髪を染めている。 「可愛いねって言われたことはあるけど、すごいって言われたのは初めてかな」 「ああ、すごい似合ってるって意味だよ」 「その畳み掛け方がおもしろいね。あなたガンですけど死にはしませんよ、って言われてる感じ」  彼は困ったように笑っていた。高校生のガキが年上相手にこんなこと言っていいのか、と咎める理性は残っていた。ただ、あたしにとっては別に求めてない邂逅だったからどうでもいいし、なんならあたしを除け者にしようとしたアイカに、目にもの見せてやろうという気持ちが勝っていた。なんなら本気でこっちに落ちてこい……と願わなかったかと言われれば、まあ9割位は願わなかったかな。  残りの1割がどうだったか?  秘密。
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