青のヘッドフォン

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 その後紆余曲折を経て、結局あたしは彼を射止め、同時に射止められた。顔が好みだったというのもあるけれど、彼は同級生の男子たちや、他の二人の学生よりもずっと大人で、やさしかったからだ。  医学生というだけあって実家もかなり「太い」みたいで、初めて恋人同士として出かける時に彼が乗ってきたのは、聞いたことのないメーカーの外車だった。すっごいじゃん、とはしゃぐあたしに「これでもこないだ一緒に居た二人の車より安いよ」という、謙遜なのか素直なのかよくわかんない返事が飛んできた。  車中で、どうしてあたしを選んだのか訊ねた。  彼はハンドルを握りながら「この子は自分と似てるな、って思った」と呟く。ドラマみたいな台詞をぬかしよる、とあたしは吹き出した。 「なにそれ」 「おれにとってあの二人は仲のいい友達だけど、あいつらも含めて、自分が他人と本当の意味で打ち解けられることはない……と思ってる」 「うん」 「勘でしかないけど」  くい、とハンドルを傾ける。車は彼の運転へ忠実に従い、街を離れる国道に入ってゆく。ウインカーの音が鳴り止んだとき、彼が言葉を継いだ。 「――ユリアもそうなんじゃないのかな、って」  変だよな、と彼はまた笑顔の仮面をはりつけて煙に巻こうとした。本能的にそれを感じ取ったあたしは「そうだよ」と呟くことで、その仮面を彼からむしり取って捨てる。  きっとアイカにもセリナにも、他の誰にもわからないと思っていた深層に、彼は誰よりも遅くあたしと出会っておきながら、誰よりも早くたどり着いた。そのことに胸が震えてしまった。恋愛は決められた運命ではなく選択による帰結を求めようと胸に刻んでいたのに、彼はそこへあっけないほど簡単にメスを入れてきた。  彼なら――。  あたしは自分の掟に背き、そんな気持ちに懸けようと。 「あなたがそういう人じゃないなら、あたしはこの車に乗らなかったよ」  心臓の鼓動と一緒に、エンジンの音が、急に高くなった。  *  まあ、その男に振られたんだけどさ。他に好きな人ができたんですって。つまりはお乗り換え、お引越し。付き合い始めて2ヶ月目で。あたしって何? スマホ? ウィークリーマンション? 乗り物か? まあベッドで馬乗りにはなられたけどな、って本当キモいもうこの身体捨てたい。店員さんすみません女の身体のMサイズ売ってないですか、って訊ねたい。でも駅のNewDaysじゃ売ってないだろうな。  あたしの手元に残ったのは、最後のつもりで信じた星が流れて消えたという事実と、このヘッドフォン。もともと使ってたイヤホンが壊れたって言ったら、記念日でもなんでもないのに元彼が買ってくれたものだ。カードで買っていたし、レジの金額もろくに見ていなかった。天から与えられたリソースを存分に活かしている。  本当なら叩き捨ててやりたいけれど、本体のカラーと音色が好みで、捨てられない。元彼のプレゼントと分かっていても、中途半端に踏ん切りがつかない。たとえアイカに「捨てたら?」と笑われても、捨てる気にはなれないだろう。  いい思い出も悪い思い出も一緒くたになって、燃やされるために作られた箱の中であたしと共に燃えてしまえばいい。運命はないし、努力は正しい方法で用法用量を守っても才能がなければ永遠に報われず、正しいことをしようと上に行っても正しくなれない。なぜかってこの世界はどこも正しくて全部正しくない。本当クソゲーだ。リセマラしようかな。 「お姉ちゃん」
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