青のヘッドフォン

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 足下から、くぐもった声が聞こえてきた。お姉ちゃん……を指すのがあたしだということは、周囲に他の人がいないから想像がついた。ヘッドフォンを外して首にかけると、発信源を見下ろしてみる。  まだ幼さの残る、小学校中学年くらいの男の子が立っていた。あたしよりも小さな手に、まるで捧げ持つように、黒いパスケースが握られていた。中には、あたしがさっき改札機をビンタするように叩きつけてきたICカード。 「さっき、落としてたよ」  少し肩を上下させていた。改札からあたしを追いかけてきたのだろうか。ヘッドフォンをしていたし、もともとあたしは歩くのが他人より速いから、なかなか追いつけなかったのかもしれない。  膝を折り、少年と同じ目線までしゃがむ。 「追っかけてきたん?」 「お姉ちゃんって呼んだけど、止まってくれなかった」 「はは、ごめんね。ヘッドフォンしてて聞こえなかった」 「聞こえなかったの?」  少年は怪訝そうな表情に変わった。このくらいの歳の子どもは表情豊かで、正直あまり子どもが好きではないあたしも、不思議と素直に接することができている。 「うちのパパのやつは、ママが呼んでも聞こえるよ」 「ふーん。そりゃ、あんたのパパよりあたしのほうが、いいヘッドフォンを使ってるってことだ」  誇らしげな声をつくり、首にかけたヘッドフォンを外したあたしは、少年にそれを差し出した。説明するより体感させたほうが、この子も感動しそうな気がしたからだ。あと、いくら相手が子どもでも、あたしが嘘を言ってると思われるのは癪だったし。 「……ん、どした?」  少年はなかなかヘッドフォンを着けず、じっとそれを見つめている。青色のヘッドフォンがそんなに珍しいのだろうか。まあきっと父親のヘッドフォンは、よくある真っ黒なやつなんだろうな。まるでクリスマスの朝みたいな目の輝かせ方をしている。 「かっこいい!!」  急に2メモリくらい音量の上がった感想が飛び出してきて、思わず後ろにのけぞる。その拍子にバランスを崩して、尻餅をついた。周りに人がいなくてよかったと思う。一応周囲をきょろきょろと見渡した。あたしの学校の生徒はいなさそうだ。 「大丈夫? お姉ちゃん」 「誰のせいだっての。……まーいいや。早く着けなよ」  おそるおそる、という表情で少年はヘッドフォンを頭に装着する。あたしは胸ポケットのスマホを取り出すと、ノイズキャンセリングを切ってから、適当な音楽を再生した。 「あたしの声、聞こえるでしょ」 「聞こえるよ」 「じゃー、次。これならどう」  再びノイキャンをオンにする。瞬間、少年の瞳が驚きに満ちて、口が「a」の形に開かれてゆく。たぶん無自覚だ。なんだか見ていて面白い。きっと今のあたしがやっても滑稽に見えるだけだけど。  というか元彼の前では、同じことをやってしまった気がする。  あんとき、この女って頭も股以外に口元もユルいんだなーとか思われてたのかな。 「超ムカつく」  すげーめっちゃよくきこえる、と一人ではしゃぐ少年の耳に、あたしの零した感情は届いていない。  やっぱこの機能は神だよ。開発者、抱いてくれ。もとい抱いてやるから来い。誰だか知らんけど。
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