青のヘッドフォン

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 定期券は数日前に更新したばかりで、これを失くすと親に何を言われるかわかったもんじゃない。ただでさえあたしは素行が不良で、親もあたしの存在を持て余している。そういう意味では、途中で諦めずにあたしを追いかけてきてくれたこの子は、ちゃんとその善行の報いを受けなければいけないと考えた。  あたしは少年の手を引き、駅のそばにある喫茶店へ足を運んだ。小さい頃に数度来ただけのお店だけど、場所は今でも覚えている。しばらく来ない間にリニューアルされていて、黒などのモノトーンを基調としたオシャレなお店に変わっていた。  好きなもの頼みな、と言うと満面の笑みで「オレンジジュースとチョコケーキ」という希望がノータイムで返ってきた。どこ行っても毎回これ頼んでんだろうな……と思いつつ、自分のアイスコーヒーとミルクレープを合わせてオーダーする。  待ってる間にやることもないからとスマホを取り出す直前、少年が訊いてきた。 「お姉ちゃん、やなことあったの?」  あったよ。  でも、なんであんたが知ってんのそれ。 「なんでよ」 「さっき、なんか、悲しい歌が聞こえたから」  そういえばヘッドフォンを試させたとき、あたしがとっさに再生したのは、直前まで自分が聴いていた曲だった。愛してるけどもう愛せないのに愛したい、みたいなくそめんどい歌詞の曲。  確かに曲調は重めで、お世辞にもアップテンポとは呼べない曲。  普段なら1コーラスしか聴いてられない、未練がましい曲。  この子はそれを「悲しい歌」って表せるのかぁ。  あたしは堪えきれず、大声で笑ってしまった。他の客は同年代くらいの男女一組だけだったとはいえ、驚かせてしまったな。すまんね。あんたらは二人仲良く膝を突き合わせてお勉強ですか。地獄に堕ちればいいのに。  いや、だめだ。あたしも誰かの悲しみを、ちゃんと受け止められるような人間にならなきゃ。  そうじゃないと、同じ結末を何度もループすることになる。  またこの少年みたく、誰かが追いかけてきてくれるとは限らないし。  何気なく訊いてみた。 「……あんた、これ欲しい?」  首元のヘッドフォンを指差す。少年の口の形は再び「a」に変わっていった。
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