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「いいの!?」
「いーよ、大切にできるならね」
音が遅れて聞こえるのが嫌だったあたしは、元彼に買ってもらうときも有線のヘッドフォンを選んでいた。これなら本体だけ渡しても、使えないことはあるまい。
自分のスマホからケーブルを引き抜いたあたしは、手早くそれを纏めると首からヘッドフォンを外し、テーブル越しに少年へ手渡した。あどけない笑顔が満開を迎えている。たぶんジュースとケーキには圧勝間違いなしだ。
「ありがとう」
「どーよ。お姉ちゃん優しいっしょ。尊敬しな」
「うん。最初は髪の色が怖かったけど」
やっぱ殴ったろかな、こいつ。
あんたね……と言いかけたとき、少年が「本当にいいの?」と眉をハの字にしながら確認してきた。
「なに、欲しくなかったん?」
「欲しいけど、お姉ちゃんが」
少年はもじもじとして、次の言葉を口にしなかった。
「あたしが?」
「……さっきちょっと、寂しそうな顔してた」
今度はあたしの口が「a」になっていた。はずだ。いや、もしかしたら「o」だったかもしんない。恐ろしいほど深い洞察力。まだこの国も捨てたもんじゃないね。
二の句を継げずにいたら、頼んだデザートと飲み物が運ばれてきた。少年は質問の答えなど忘れ、嬉々としてケーキを解体しはじめる。ったく……と思いながらストローを吸うと、苦みが口の中いっぱいに広がり、アイスコーヒーに何も混ぜていなかったことに気づいた。
これまでずっと、せめてミルクだけでも混ぜなきゃ飲めなかった。でもカッコ悪いとこも見せたくないし……と、口の中の黒い液体を、そのままぐっと飲み込む。
(ん?)
案外いけるじゃん、と驚いた。確かにほぼ「食わず嫌い」の域を抜けなかったけれど、昔は本当にこの苦みがダメだった。もう一度、おっかなびっくり口に含んでみる。悪くない味わいだった。
この子があたしを追いかけてこなければ、こんな発見をすることもなかったな。ならば、もう少し報いの度合いを増やそうか。
そうだな。
あんたにだけ、もう少し、あたしのことを明らかにしてあげようか。
「あんね。あたし、自分のものを誰かに奪われるのが一番ムカつくの」
少年は唇の端にケーキの破片をひっかけたまま、ぽかんとこちらを見つめている。
「それでも、あたしがあんたにそれをあげようって思ったのは、あんたがイイ子だから」
指先を、少年の手元にあるヘッドフォンに向けた。嘘は言ってない。いまどきしっかりした偉い子だと思う。ただ、食べ物はもっとゆっくりキレイに食えって言いたいけど。
「それに、本当にもういいの。バイト代で新しいの買うし」
バイトしてないくせに、よく言うよ。
たぶんアイカだけじゃなく、セリナもそうツッコミを入れるに違いない。
まあ、これくらいは、嘘も方便ってやつで。
「そっか」
少年は安堵した様子で、口角を上げる。……あ、食べかす落ちた。まあ、今は言わないでもいっか。あとでさり気なく紙ナプキンを渡してやろう。
微笑ましい気持ちでいると少年はフォークを置き、もう一度手に取ったヘッドフォンを、胸元に抱く。
「おれ、ちゃんと大切にする」
「うん。だったら、いーよ」
なんか心地がいい。たぶん、普段は誰かに何かを教えたり導いたりする場面が極端に少ないからだ。結局、あたしもまだ子どもだし。
でも、この子の前ではいっぱしの「お姉ちゃん」を気取ることができている。ヘッドフォンをもらった彼と同じくらい、あたしも不思議な満足感をおぼえていた。
よほど嬉しかったのか、さっきのあたしみたいにヘッドフォンを首にかけて、少年が言った。
「お姉ちゃん」
「なに」
「目元に黒い汚れついてる」
今日は電車に揺られつつ音楽を聴いていたら、なぜか涙がこぼれてしまった。その時に化粧が崩れたに違いない。
「そういうの、女の子に大声で言ったらダメだかんね」
「わかったー」
言いつつ、少年の視線はすっかり皿の上に集中している。
全然わかってねーし。
あたしは頬杖をつき微笑んで、しばらく少年を見つめていた。
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