雨上がりの屋上に出たもの

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 あれは雨の日の帰り道のことです。  とある廃ビルの傍を通った僕は屋上に人影を見ました。  それはふらふらと酔っているような人影で、今にも落ちそうでした。  僕は慌てて廃ビルの階段を駆けあがり、屋上への扉を開けました。  いつの間にか雨は止んでいて、空には晴れ間が見えていました。  太陽光のまぶしさに目を細めて屋上を見回したのですが……。  屋上には誰もいなかったのです。   「雨の時だけに現れる幽霊か……決めた! 今日はそこを探索しようぜ!」  部室と勝手に言い張っている閉鎖された階段の踊り場で部長は今日も楽しそうだった。 「いやいや、幽霊って決めつけるには早いって言うか……普通に不法侵入ですし、浮浪者もいるかもしれませんし……」  高校入学後、友達作りに失敗し、休み時間を嘘寝で潰していた僕は「お前、瞑想で霊視能力を鍛えてるんだな? 俺と一緒に心霊研究会やろーぜ!」と訳の分からん理屈で霊研のメンバーに加えられてしまった。  いつもは部長が集めてきた霊が出る場所の噂話や誰かの体験談について、熱く議論(主に部長が喋り通す)するのだが……今日に限ってネタ切れだった。  何でもいいから話してほしいと、部長が僕の足を舐める勢いだったので、それっぽい体験談を話したわけだ。 「それに、僕が人影を見た時は雨が降っていたんで……」  ちらりと踊り場の窓の外を見ると、夕方に向かいかけの柔らかな色の空は晴れていて、雨の気配はない。  これなら部長も諦めざるを得ないはずだ。  久しぶりに早く帰れるかと、横を見やれば、部長は頭にろうそくを数本鉢巻きで固定し、手元ではティッシュペーパーをこねていた。 「……何をしてるんですか?」  呆気に取られて尋ねると、丸くこねたティッシュペーパーを更にティッシュでバトミントンの球のように包みこみ輪ゴムで止めて……ああ、テルテル坊主作ってるんだこの人。 「え、なにって勿論これから雨ごいの儀式をするんだぜ?」  作ったテルテル坊主を逆さ吊りにしながら満面の笑みを浮かべる部長。 「そんな当たり前だろって感じで言われても……」  頭のろうそく熱くないんかこの人……。  踊り場の若干の薄暗さも相まって不気味だった。  部長は踊り場の窓にテルテル坊主を逆さに吊るすと、その前に正座し、雨ごい?を始めた。 「ほんにゃらはんぺんこ~、はんにゃらは~……」 「いや、そんな適当な呪文で雨が振るわけ」  踊り場が陰った。  窓の外を見ると、急速に広がった雨雲からぽつりぽつりと雨が……。 「都合よすぎじゃないですか!?」  思わず叫ぶと部長は額の汗をぬぐいながら僕に言った。 「あれ、言ってなかったか? 俺ん家の血筋はなんか雨を降らせる祈祷師的なことやってたらしくてな。俺も真似事ができるってわけ」 「んな馬鹿な……」  開いた口がふさがらないとはこのことだ。  雨が降ってしまったからには仕方がない。  僕は不承不承、部長の後についてあの廃ビルに舞い戻ってきた。  この辺りは民家から遠いので、人気は極端に少ない。  通報される心配はほぼないが……。 「おお、雰囲気あるな~」 「そうですね……」  雨に打たれて佇む廃ビルは霧の中に突然現れた巨大な化け物のようだった。  しばし、見惚れる僕らだったが、廃ビルの屋上に視線を向けて固まった。 「おいおい、マジでいるじゃねーか」  部長はどこか挑戦的に唇の端を吊り上げる。 「……」  僕は押し黙ることしかできない。  屋上ではまるで僕らを歓待するかのように、人影がふらふらと踊るように動いていた。 「これは期待できるかもしれねーぞ?」  いつか、部長に何故そこまで幽霊を見たがるのか聞いたことがある。  いわく、「男なら一度はあの子のスカートの中を覗きたいと思うだろ! それと一緒だぜ?」  あの時、キメ顔で答えた部長はきっと幽霊を舐めているに違いない。 「僕はあんまり期待したくないんですが……」  でも僕はこの人を諦めさせることがどれほど困難か、霊研唯一のメンバーだからこそ知っている。  ならばさっさと探索を済ませて、帰るに限る。  てか、帰りたい……。 「なあなぁ? もうちょいフロア探索してかね?」 「ダメです」 「呪われたアイテムとか転がってるかもしれねーしさ?」  なんでワクワクしてんのこの人。 「廃墟内のモノを持ち帰っても法律で罰せられるって知ってましたか?」 「バレなきゃ犯罪じゃないじゃん」 「僕が通報します」 「ごめんて。冗談ですやん」  それ以降部長は大人しくなった。。  幸いというかなんというか、僕は一度不法侵入している身なので、屋上まで最短距離で向かうことができる。  屋上に向かう最後の踊り場に出た時に、部長が窓ガラスのない窓の外を指さして言った。 「やばい! 雨が上がりそうだ!! 雨ごいの効果が切れてきたぞ!」 「そうですか、残念でしたね」  正直、霊に会いたいとは思えない。  ローテンションの僕と対照的に、部長はハイテンションだった。 「諦め早すぎだろ!? ほら、いくぞ!!」 「……階段駆け上がると危ないですよ」  部長に手を引かれて階段を駆け上がっていく。  屋上への扉を開け放つと、西日が僕らの網膜を焼いた。  一瞬ひるんだ僕たち。  雨上がりの屋上には無数の水たまりと、一つの人影があった。 「ふい~さっぱりさっぱり! やっぱり自然のシャワーは気持ちがいいな! この間ぶりだ……ん? なんだ君た」  バタン!! 「人影っておっさんの水浴びかよ! 期待して損したわ!」  いや、それはそれでおかしいのでは?と思ったけど、部長は既に階段を降り始めていた。 「………見間違いかな」  僕は気になってもう一度屋上への扉を開ける。  キイ……。 「やあ、僕のシャワー場に何かようかい? 一緒に浴びる? なんて雨止んじゃったけどさ」  と、快活に笑う上半身裸の男はよく見ると足がなかった。 「で、出たぁああああああ!!!?」 「え、なになに? 出たってお化け!? やだ恐い!!」  僕たちはお互いに叫び声を上げながら階段を駆け下りていく。 
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