梨香子

2/12
前へ
/12ページ
次へ
◯  ———ねぇ、宵山くん。怪談を仕事にしてるなら、夫の地元にある『入ってはいけない山』って知ってる?  そう聞いてきたのは、大学時代の友人。現在はアパレル会社にお勤めの、Aさんという女性でした。僕が首を振ると、彼女は久しぶりに会った飲み会の席で、奇妙な話を聞かせてくれました。  Aさんの旦那さん。ここでは仮にSさんとしましょうか。Sさんの地元は、中部地方の山奥にあり、都会に出た人間を除いて、住人のほとんどが農家か猟師で生計を立てている土地でした。  ちょうど入籍して一ヶ月が経ったころ、Aさんいわく、結婚式の準備が佳境に入ったときだったといいます。「式を挙げる前に親族を紹介したい」とSさんの両親に言われ一緒に帰省したのですが、実家に着いて早々、四十人以上の親族に迎えられて驚いたそうです。休む間もなく本家の誰々、分家の誰々、と紹介され、Aさんは面食らってしまいました。  Aさんはすっかり気疲れをおこしてしまい、「外の空気を吸っておいで」というSさんの言葉に甘えて、縁側でひと息つくことにしました。 「おねえさん、もしかしてSくんのお嫁さん?」  背後から声がして振り向くと、十代半ばくらい。赤いワンピースを着た髪の長い女の子が立っていました。  聞けば、彼女は地元の学校に通う高校生で、両親の付き添いで来たのですが、話に入れず退屈していたそうです。そこで、自分と同じくつまらなそうにしているAさんを見て、嬉しくなって話しかけたと、説明しました。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加