梨香子

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◯  そこまで語り終えたとき、宵山はふと異変を感じた。  煙草や酒の匂いに包まれていたはずの店内が、突然、夏山のような湿り気のある匂いに変わったのである。 「息を切らせて走り、どうにか帰宅したときにはもう夜も耽っていました。Sさんはとても心配していたようで、Aさんに会って早々、どこで何をしていたのかと、すごい剣幕で詰め寄ってきたそうです。気力も体力も失っていたAさんは、これまでのことを正直に話しました」  そう言葉を紡ぐ宵山の鼻腔を、今度は肉の腐ったような生臭さが掠めていく。耐え難い悪臭だった。 「Sさんは話を聞き終えると、深くため息をついてから、噂の真相を語りだしました」  入ってはいけない山の噂は本当の話で、あの山には昔から人を食う化け物がいて、山に入る人間を食っては、その皮を被って人間を襲っていたといいます。それをどうにかしようと思った村人がお坊さんに頼み、化け物を祠に封印してもらったのですが、効力が弱くなってしまったのでしょう。何十年かした頃に、また行方不明者が出始めました。もともと華貫山は行政が管理していたこともあり、行方不明者対策として、すぐに高いフェンスが設置され、月に一度、人間の髪や爪を埋め込んだ肉を供えていることにしたそうです。それがSNSで話題になった祭の正体だといいます。  だいたいの大筋は、Aさんが話しと合っているのですが、Sさんはいくつか違う点もあると言いいました。  まず、Sさんの親族に若い女の子は一人もいないというのです。  そして、行政の管理しているフェンスに穴が開いているはずがないとも言いました。  ずいぶん前、この辺りに遊びに来ていた女子高生が、開いていた穴からあの山に入って無惨な姿で見つかる、という事件があったそうです。どれぐらい酷かったかというと、着ていた服が血で真っ赤に染まるほどだったといいます。  その出来事を受け、すぐに穴は塞がれたらしいのですが、それ以来、Aさんが出会ったのとよく似た、真っ赤な服を着た女の子が出るという噂をよく聞くようになったそうです。
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