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宵山は小さく首を傾げてから、男に勧められるがままにボックス席へと腰を下ろした。
「思い出せたことってなんですか?」
そう問うと、男は困ったように後頭部を掻いた。
それからしばらく黙っていた。
色々な言葉を口の中で転がして精査しているようである。やがて男は口を開いた。
「とりあえず、僕の体験談を聞いてもらえませんか? 十年以上も前のことですが、僕も華貫山の麓に住んでいたことがあるんです」
そう言われた瞬間、宵山を強い頭痛が襲った。
そういえば、Aさんの怪談を聞いたときも同じ痛みを感じたような気がする。
しかし、お客の誘いを断るわけにはいかない。宵山はこめかみを抑えながら、「ぜひ聞かせてください」と言った。
「僕が小学生のころから、華貫山は『入ってはいけない山』と言われていました」
聞けば、当時の彼は近所でも評判の悪ガキだったという。最初にそう言われたときも、山で悪さをしないよう、大人たちが怖がらせているだけだと思ったらしい。
「両親も祖父母も学校の先生も、みんな口を揃えて華貫山に入ってはいけないと言っていました。‥‥なのに、なぜか近所の人たちは、僕を華貫山へ入らせようとする節があって」
なんでも田舎道を歩いていると、「遊ぶとこがないなら華貫山へ行け」と、知らない人に声を掛けられることがあったという。しかし理由を訊ねても「山の神さまは子どもが好きだから」と言うばかりで、詳しいことは教えてくれなかったそうだ。
「僕が小学五年生の夏休み。同い年の男の子と仲良くなったんです。名前はTくんにしておきましょうか。Tくんは夏休みの間だけ、仕事が忙しい両親の代わりに、歳の離れたお姉さんと二人で、祖父母が住む田舎に滞在すると言っていました」
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