梨香子

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 Tくんは大人しそうな子どもだったが、都会の話を聞かせてもらっているうちに、仲良くなったという。 「最初のうちは、木登りとかかくれんぼとか、それなりに遊べたんですけど、一週間もするとネタが尽きちゃうんですよね」  そこで、何の気なしにあの山のことを話したそうだ。 「意外にも、都会育ちのTくんが食いついてきたんです。今すぐ行こうという話になったのですが、もう日が暮れ始めていたこともあって、翌日に持ち越しました」  次の日、Tくんの祖父母の家へ行くと、中から出てきたのはTくんではなく、高校生くらいのお姉さんだったという。 「弟は熱を出してしまったから遊べない。そうお姉さんに言われて、仕方なく帰ろうとしたら、なぜか引きとめられたんです」  「私も山へ行ってみたい」お姉さんは彼に向かってそう言ったそうだ。理由を訊ねると、どうやらお姉さんは無類のオカルト好きで、Tくんに山の噂を聞いてから、ずっと気になっていたという。   「そのお姉さん、幼い自分から見てもけっこうな美人で、僕も有頂天になっていたんですよね。入ってはいけないと言われていたことも忘れて、山へ行ったんです」  そこからは、Aさんの怪談とほぼ同じだった。山に入り、フェンスを伝って歩き、穴を見つける。しかし、決定的に違うのは、お姉さんが穴に入ってしまったところだ。 「冗談のつもりだったんです。穴を覗き込むお姉さんの背中を突き飛ばして‥‥ほんとうにひどいことをしたと思います。中に入ってしまったお姉さんは、絶望したような顔でこっちを見ていました。なのに、僕は何もできなかった。助けなきゃいけないと頭ではわかっているのに、身体が動かなかったんです」  そして、お姉さんは目に見えない何者かに、身体を食いちぎられたという。 「梨香子(りかこ)さん———あ、すみません。お姉さんの着ていた白いワンピースが、血で真っ赤に染まるのを見ていたら、すごく怖くなって」  
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