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梨香子
アジア最大級の歓楽街、歌舞伎町。
通りのいたるところにホストをフィーチャーした看板が出たり、ロックバンドの広告と間違えるようなアドトラックなどが、ひっきりなしに往来する騒がしい場所だ。
昼夜問わず魅力的なものに溢れ、恐怖とは無縁にも思えるこの街に、怪談ライブバー、深夜未明はあった。
バーといってもお酒を楽しむだけのバーではない。プロの怪談師による怪談ライブを聴くことができる新感覚のバーである。さらにライブ後のフリータイムでは、降壇した怪談師がお客の席をまわり、会話をする時間も設けられている。怪談好きによる怪談好きのための場所だからこそ、怪談しか取り柄のない人間も、ステージに立つことができるのである。
「みなさんこんばんは」
ステージにポツリと置かれた椅子に腰掛けたのは、三十代前半の男だった。
ゆったりとした黒いパーカーに、細いデニムを合わせた格好をしている。パーマをあてた前髪は、綺麗に真ん中分けにセットされていて、白い額がピンライトに反射していた。微笑む顔も優しく、いかにも女ウケしそうではあったが、彼の異様に下がった左肩を見て、一番前の女性客が、ひっ、と小さな悲鳴を上げた。
「怪談師の宵山ヨイです。えっと、今叫んだの、どなたですか?———ああ、一番前のテーブルの。僕の肩を見て驚いたでしょう。そうなんです。実は、ある怪談を聞いてからずっと左肩が重くて」
宵山は傷をいたわるような指づかいで、ゆっくり左肩をさすりながら、「今夜はその話をしようと思います」と言った。薄暗い店内にまばらな拍手が起こる。
「これは三ヶ月前、僕の友人のAさんという女性から聞いたお話です」
そうして、宵山は静かに今夜の怪談を語り始めた。
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