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◆◆◆
「君、当麻くんと同い年?若いっていいねぇ。ところで君、名前は何て言うの?」
「……山田です。」
島という男性は、ずっとニコニコしていて、いまいち何を考えているのか分からないような人だった。
下手に口を滑らせまいと受け答えもそこそこにして、様子を伺ってみる。
体のラインによく合ったスーツ。
控えめながら、たまにキラリと光る腕時計。
ばっちりとセットされた髪。
いかにも『大人の男性』って感じがした。
「あの…、俺、本当にすぐ帰らないといけないんですけど。」
「まあまあ、あと少しだけ!あ、これ飲んでみる?美味しいよ。もちろん俺の奢りだから安心して。」
そう言って差し出されたのは、カフェオレらしき飲み物だった。
「当麻くんって壁が厚いというか、あまり他人を自分に踏み込ませないタイプだと思ってたから、友達がいたなんて本当に驚いたよ。」
それに関してはもちろん嘘な訳で。
何と答えて良いか分からず、困った俺はカフェオレを飲んでやり過ごすことにした。思っていたよりも甘ったるい。
「君もお金が必要だったりするの?」
思わぬ質問に、むせてしまった。
島に『大丈夫?』と気にかけられたが、それどころじゃない。
お金の話が出るという事は、やはり亜希から聞いたあの噂は本当だったのだろうか?
だとしたら、何で?
いきなり与えられた情報に、頭がぐるぐるしてきた。
この先の会話を続けられる自信がなく、どうやって切り抜けようかと考えていたら、タイミング良く島のスマホが鳴った。
「あー、当麻くん?…うん、今あの子と一緒だけど。」
電話の相手は赤月らしい。
…まずい。これは絶対に怒られる。
トイレに行く振りでもして、逃げてしまおうか。
でも、なんだか体がだるく感じる。鉛のように重い。
「…手出しちゃダメ?たまにはヤる側も良いかなって。君のお友達ってことはそういうの平気でしょ?
初対面でまだ警戒してるっぽかったから、ちょっとお酒は飲んでもらったけど。」
何やら恐ろしい内容が聞こえてくる。
お酒…?どうやらこのカフェオレみたいなのがそうだったらしい。
せめて制服姿で来れば良かった。
そうしたら店員も気づいてくれていたかもしれない。
この状況、本当にこの人から離れた方が良さそうだ。
思うように動かない体にムチ打ち、席を立った。
「俺もう帰りますね。」
「え、待ってよ。フラフラじゃん。送ってくよ。」
その『送っていく』が怖い。
とにかく人通りに出れば何とかなるだろう。
会計を済ませている島を置き去りに、足早にお店を出る。
無理に体を動かしているからか、余計に頭がぐわんぐわんとした。
自分が思っているより歩くスピードが遅かったらしく、島はあっという間に追いついて来た。
「待って…!電話の内容聞こえてたでしょ?お金はちゃんと渡すからさ、どう?」
気持ちが悪い。
なんで赤月はこんな人と知り合いなんだ。
島のしつこさに、思わず乱暴な言葉を吐きそうになった時、こっちに走り寄ってくる人影が見えた。
あの目立つ容貌、赤月だ。
「島さん…!」
赤月は、いつの間にか俺の背中に回っていた島の手を払った。
「この子、そういうんじゃないんだ。悪いけど連れて帰るから。
あと勝手に酒飲ますとか、あんたアウトだからね。」
島はそう言われ、最初こそ驚いた顔をしたが残念そうに肩をすくめた。
「そっかぁ。楽しめると思ったのに。じゃあ当麻くん、また今度ね。」
そう言って、もう興味は無いとでも言うようにさっさと行ってしまった。
二人だけになった赤月と俺の間に、気まずい沈黙が流れた。
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