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***
古びた木造の部屋。
俺はその部屋の隅で小さく縮こまっていた。
部屋の灯りは一つしかなく、いつもは窓から入ってくる月明かりも今日は曇り空のおかげで心許ない。
寒い。
冷たい。
さっさと寝てしまえたらこんな夜なんてあっという間なのに、目は冴えていた。
布団を引っ張って頭まで潜ってみるが、何も変わらないように思えた。
しばらく夜の音を聞いていると、ふと足音が聞こえた。
人の足音だ。
こんな夜更けに一体どんな客人だろうと訝しみ、こっそりと窓から顔を覗かせる。
人の気配はするが、暗くて誰だか見当がつかない。
父上の客人だろうか?
ぼんやりと観察していると、その人影はこちらへ向かってきているのが分かった。
(こちらに…?何故だ。玄関は違う方向だ。)
その客人は迷ったのかとも思ったが、足取りは自信あり気だ。
嫌な予感がして、窓の下に身を隠した。
まさか、あいつ等の誰かが、ここまでいたずらをしに…?
だとしたら、何て暇な奴だ。
どうしようかと思案しているうちに、足音はついにこの部屋まで来てしまった。
じっと耳を澄ます。
「千影、俺だ。」
はっとして、思わず顔を出した。
この声はよく知っている。
「斗真…!何故ここに…?」
「話を聞いた。きっと泣いているんじゃないかと思って。」
「…見ての通り泣いてなんかいない。」
「心の方だよ。」
そう言って俺に手を差し伸べた。
「おいで。」
甘い言葉に戸惑う。
父上、母上に気づかれてしまったら、斗真に迷惑をかける。
でも、この手を取りたい。
俺の気持ちを察してか、斗真が窓枠に置いていた俺の手を握ってきた。
…そんな事をされては、拒むことなんて出来るはずがないじゃないか。
小さな俺の体では窓枠を越えるのは決して楽ではなかったが、斗真の助けもあって乗り越えることが出来そうだ。
土の上に下りようとした時、着物の裾を踏んでしまい、体が前に倒れた。
痛みを覚悟したが、咄嗟に斗真が受け止めてくれ、地面にぶつからずに済んだ。
「すまない。平気か?」
しかし斗真は返事をせず、体を離そうともしなかった。
どうしたのだろうと困惑している間にも、腕の力は強くなっていった。
「…やっと連れ出せた。なあ、俺はお前のことを大事に想ってるんだ。だからもっと頼ってくれ。」
その言葉は、俺の中の随分と深いところまで響いてきた。
思わず泣きそうになるのを我慢して、斗真の肩口に顔をうづめた。
人の腕の中が、こんなにも安心できる場所だと、初めて知った。
それとも、抱きしめてくれるのが斗真だからなのだろうか。
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