愛したいが哀しい

花笑む

「全っ然捕まらないんだけど…！」

赤月と話をする。
たったそれだけの、言葉にしてみれば至ってシンプルなのに、全く事は進んでいなかった。
寮では、声をかける度に部屋の外に行ってしまい、それを俺が追いかけ、寮内で鬼ごっこの勃発が日常茶飯事に。
日中は、適当に何時間かだけ授業を受けるとふらっと消えてしまうから、その度に休み時間を使って校舎内を探す羽目になり、彷徨う旅人状態に。

近頃は、最早ちょっとした学校名物になってしまっていて、『まーたやってんの？』と道行く皆に笑われるまでになった。
中には、『頑張れー』と冗談交じりに応援してくる人までいる。
恥ずかしいったらない。
でも、人の目なんか気にしていられないんだ。

今日も昼休みになると同時に亜希へ一言声をかけて、赤月を探しに行こうと席を立った。

「ちょい待ち。どうせ今日も赤月探しに行くんだろ？良い情報があるんだけど。」

亜希に引き留められ、振り返った。
にやりと意地悪い顔をしている。

「この学校の屋上さ、本当なら立ち入り禁止じゃん？」

確かそうだ。
いつも鍵がかかっているはず。

「ドアノブ壊れてるらしくて、少しだけ強めに押し込むとドア開くんだと。」

「そうなの！」

「一番人が来なさそうで、絶好の場所じゃね？」

「…うん、そうかも。ちょっと行ってみる！」

「よっぽど会いたいのね。本当、妬けるわあ。」

からかうようにそう言う亜希にもう一度お礼を言い、一目散に屋上へ向かった。
今日はからっとした春日和で、この時季にしては気温が高く、少し早歩きしただけでも汗ばんだ。
ものの数分で目的地まで着くと、期待を込めつつドアに手をかける。
亜希の言う通り、ドアは鈍い音をさせながら開いた。

(いた！)

屋上に出ると、探し人は案外すぐに見つかった。
フェンスの手前で、制服の上着を枕替わりにして寝ている。
無意識のうちに、足音を立てないようにして赤月に近づいた。

恐る恐る顔を覗いてみれば、随分と気持ちよさそうに寝ている。
赤月の作り笑顔と無表情な顔しか見たことのない俺にとって、何だか初めて『本当の顔』を見ているようだった。
滅多に見られる機会なんて無いであろう幼さの残る寝顔を堪能しながら、ある事に今更ながら気づいた。
いつも授業を抜け出してしまうのは、眠いからなのか。
考えてみれば、ほぼ毎日夜遅くまで外に出ているのだから、至極当然ではある。
それでも何だかんだ学校に来るという事は、勉強が嫌いな訳ではないのだろう。
…何か事情があるから、無理してでも夜の街に行っている…？

一体何を抱えているのか、知りたい。
俺では力になれない？
せめて一緒に悩みたいと思うことは、俺のエゴ？

話したいことは沢山あるはずなのに…今は二人きりでチャンスなのに、とても起こす気にはなれなかった。

「…戻ろうかな。」

「寝込み襲っておいて？」

突然の声に思わず肩が跳ねた。
見れば、赤月の目はぱっちりと開いている。

「え、いつから起きてたの？」

「それはついさっき。というか、ちかちゃん泣いた？」

体を起こしながら、俺の頬をするりと優しく撫でた。
一瞬で顔が火照ったのが自分でも分かった。
きっと汗の雫と涙を勘違いしたのだろう。

「いや…！急いで来たから、ちょっと汗かいただけ。」

「そう。じゃ、俺は逃げるから。」

言うが早いか、俺の顔に自分の上着を被せてきた。
てんやわんやしている内に、赤月はさっさと行ってしまった。

「ちょっと！ずるくない！？やっと追いついたのに！」

段々ムカついてきた。
ここまで来たら絶対に捕まえてやる…！