花笑む

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結局、赤月と俺の攻防はゴールデンウィークに入る直前まで続いた。 その頃には、ある程度の赤月がいそうな場所の見当がつけられるようになっていた。 今日は、中庭に狙いを定めて向かってみる。 一階の特別教室棟の廊下から見渡せる中庭は、四季折々の花が植えられていて、いつも華やかな場所だ。 いくつかのテーブルやベンチがあり、そこでお昼ご飯を食べたり、グループワークをしたりする事が多い。 早速、廊下から赤月の姿を探してみる。 他に人の姿はほとんど無かったから、すぐに見つかった。 ベンチに座ってスマホをいじっているあの人…遠くからでも分かる。 「見つけた…!」 そのベンチに一番近い窓まで走り寄り、ガラリと勢いよく開けた。 外の草の香りが一気に鼻をついた。 「…やば。」 俺に気づいた赤月は、すぐに立ち去ろうとする。 逃がすまいと、窓枠に手をかけた。 元から、わざわざ靴に履き替える手間を取るつもりなんてなかった。 「俺から逃げないでよ!」 俺の声に、一瞬赤月がこちらを振り返る。 それと同時に、俺が窓を乗り越えて外に出ようとしている事に気づき、目を丸くした。 「ちょ、ちかちゃん、流石に危ないって…。」 こちらに駆け寄ってくるが、それよりも俺がこける方が早かった。 窓下に植えられていた背の低い生け垣の中に、見事に落ちてしまった。 慌てて生け垣から下りると呆然とする赤月が目の前に立っていて、しばらくの沈黙の後、小さく笑い出した。 「…ふっ、ははっ。」 制服についた葉っぱを一生懸命払っていた俺は、動きを止めてまじまじと見つめた。 だって、あの赤月が笑ってる。 「いくら何でも馬鹿過ぎ…!子供かよ。」 今は何て言われようと気にならなかった。 無機質な笑顔じゃない、素の笑顔が見られたことがこんなにも嬉しい。 ダメだ、そんな顔を見てしまったらもっと好きになる。 今の『千景』が、今の『当麻』に、確実に惹かれているのを感じた。 「赤月が逃げなければこんな事しなかった…!」 「いや本当、必死すぎでしょ。どんだけ俺と話したいの。」 そう言いながら、俺の頭についていたらしい葉っぱを取ってくれた。 普段の態度は冷たくても、周りと距離を置いていても、この優しさが彼の本質なんだと思った。 「…分かったよ。少し話をしようか。」 「本当?一分だけとか、意地悪なこと言わない?」 「言わないよ。ただし俺のことを探るようなことは聞かない、これ条件ね。約束できる?」 「分かった。」 『じゃあ、今日の放課後に』 それだけ言うと、さっさと行ってしまった。 やっとだ、やっと前進した! ここまで来た! その事実に今にも舞い上がりそうだった。
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