花笑む

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その日の放課後、充分に授業をサボった後で、七海を迎えに教室まで戻った。 「ちかちゃん、行こ。悪いけど俺の荷物も取ってくれる?代わりにジュース奢るから。」 教室の入り口から声をかければ、クラスメイト達が一斉に俺たちを交互に見やった。 驚いた顔をする奴、にやりと笑う奴。 …何なんだ、コイツら。 すると、近くにいた奴らが声をかけてきた。名前は知らない。 「赤月、やっと捕まってあげたのか。」 「ここ最近の七海、健気なワンコみたいで可愛かったよな。あんまり虐めてやるなよ?」 あまり教室にはいないし、自分の方から誰かと接しないから、こうやって話すのは初めてだ。 一瞬面食らったが、不服を申し立てておくことにした。 「いや違うから。ちかちゃんがしつこいだけ。どっちかって言うと、追いかけ回された俺の方が虐められてたと思うんだけど。」 「いんや、俺たちは七海の味方だからね。きっとお前が悪い。」 「まあ良いけどさ。ところでアンタら誰?」 「新年度始まってもう一ヶ月くらい経つんだけど?クラスメイトの顔くらい覚えろー?」 そう言われても興味ないし…という言葉が口から出そうになった時、七海がやって来た。流石にそれを言ったらケンカ売ることになっていた。 七海と連れ立って教室を後にする時も『泣かすなよー』と冗談混じりの声が追ってきたが、もちろん無視した。 「赤月がクラスの人と話してるところ、初めて見た。何話してたの?」 「いや…。お前って愛されてんね。」 「何それ?」 途中で適当に飲み物を買いつつ、寮に戻る。 客以外で誰かの横を歩くのは、久しぶりだった。 汚い大人たちの醸し出す空気とは比べものにならないくらい穏やかだ。 「それで、ちかちゃんは俺とどんな話がしたいの?」 そう切り出すと、七海は緊張したようにココアの缶を握り直した。 「あの…謝りたかったんだ。前、いきなり抱きついたりしちゃったでしょ?赤月がそういうの苦手だったら、嫌な思いさせたかなって…。」 「それをずっと伝えたかったの?」 「…赤月が俺のこと避けるから、それが原因ならちゃんと謝っておきたくて。ごめん。」 「なんかそれ、避けられたくなかったって聞こえるね。」 その言葉に俯いてしまった七海を盗み見れば、少し頬が赤く染まっているのに気づいた。 「それは…!せっかく同室なんだし、関係性は良い方がいい。」 まあ、それはそうだ。 でも、その理由がただの建て前なのを知っている。 「…ちかちゃん、前にも言ったけど、そもそも俺は必要以上に関わるつもりがないんだ。誰に何て思われても気にしないし、理解してくれるオトモダチが欲しい訳でもない。 だから俺と『良好な関係』とか考えなくていいんだよ。俺にその気がないんだから。」 今度は大きな目をぱちぱちさせて俺の方を見つめた。 しかしそれも束の間で、あっという間に険しい顔に変わっていった。 ずいぶんと表情の忙しい奴だ。 「それは俺が無理!」 「…何で?」 「赤月って本当は優しい人でしょ!それに、今日みたいにただ鞄取ってあげただけで飲み物奢ったりとか、実は律儀なところもある。笑う時だって、本当はあんな完璧な笑顔じゃなくて、眉下げて笑うんだ。 そんな赤月知っちゃったから、もっと本当の赤月知りたいと思った。」 今度は俺の方が目をまん丸くさせる番だった。 目の前の七海がチカチカして見えた。 「本当は聞きたいことがある、けど約束したから聞かない! でも、赤月の力になりたいと思ってる。だからまずは友達だって認めてもらえるまで諦めない…!そういう事だから、赤月の言う通りにはしない!」 まるで、陽射しみたいに照りつけられたような気分だ。 今までこんなものには触れたことがない。 『言ってやったぞ』とばかりに自信気に鼻を鳴らす七海に、思わず小さく笑ってしまった。 「正式にストーカー宣言かぁ。」 「何でそうなるの!」 『少しくらいなら受け入れよう』は、俺の考えが甘かったらしい。 騒がしくなりそうなこれからを想像しながら、また二人肩を並べて歩き出した。
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