動揺

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連休初日という事もあり、水族館は家族連れやカップルが多かった。 とは言っても不快になる程ではなく、ちゃんと水槽の前に並んで魚を観ることは出来るくらいの込み具合だ。 こういった所にはほとんど来た事のない小鳥遊は入場する前から浮かれていて、ただの小魚にしか見えない普通の魚でも大はしゃぎだ。 俺自身も水族館に来るのは久々で、海のような匂いに慣れるのに少し時間がかかった。 「ねえねえ聞いて。魚の群れってさ、結構シビアなんだって。」 「そうなの?」 「うん。群れの中に入った瞬間、その群れのルールに従わないと生きていけないんだ。だからと言って群れに入れなかったら、その個体は死んじゃう。 人間も似てるよね。結局は生き物って一人じゃ無理なんだろうなぁ。」 「群れない生き物もいるじゃん。人間もあえて孤独を選ぶ人だっているし。」 「分かってないなぁ。」 僕の考えを聞かせてあげよう、と自信ありげに背筋を伸ばした。 「人間はさ、誰かと話したり、誰かと触れたりしないと、自分がどこにいるのかが分からないまま進んでいっちゃうって事。」 「…なるほど?小鳥遊は難しい本の読みすぎだってことは分かった。」 「当麻も本読もうよ。案外楽しいよ。」 一階を見終わった俺たちは、階段を上がって今度は幻想的な雰囲気のコーナーに入った。 その中でも小鳥遊はクラゲが気に入ったようで、薄暗がりの中でライトアップされた色々な種類のクラゲを楽しそうに見て回った。 顔を輝かせる小鳥遊とは正反対で、俺はまるで深海にいるような感覚がして少し息苦しかった。 「でもね、思うんだけど、孤独で自分がどこにいるのか分からない人同士がたまたま出会ったらさ、それはもう一人じゃないよね。」 「哲学だな。」 「僕たちってそんな感じかなって思ってる。」 次のコーナーに進もうとして、足元の段差に気付かなかった小鳥遊がこけそうになった。転ばれたら気が気じゃない。 咄嗟に腕を伸ばしてその小さい体を抱き留めた。 冬に会った時よりも服が邪魔をせず、小鳥遊の体温を近くに感じた。 「…少し場所移していい?」 「えっち。」 人気のない階段の陰に行き、もう一度抱きしめなおす。 しばらくお互い黙ったままだったが、ふいに小鳥遊が口を開いた。 「当麻は僕の傍から離れないよね?居心地の良い魚の群れがあったとしても、そっちには行かないよね?」 「…ん。行かない。」 小鳥遊の言葉に、七海に言われた事を思い出した。 『でも、赤月の力になりたいと思ってる。だからまずは友達だって認めてもらえるまで諦めない…!』 きらきら光る言葉は眩しすぎる。 きっと俺と小鳥遊は、陽の当たらない深い海の底で上手く泳げずにいても、お互いのこの温もりだけがあれば良いんだ。
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