アフォガート

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 秘書室は2箇所ある。通常業務の秘書室と本部長付き秘書室だ。後者の秘書室に行くにはICチップが埋め込まれた黒にプラチナのラインが入った上階層入室の専用カードが必要になる。 (あれ、あの女)  宇野はApaiser(アペゼ)企画部長だが上階層に行ける立場では無い。遅めの昼休憩から戻ると何処かで見た顔がエレベーターホールで本部長と話し込んでいた。 (誰だったっけなぁ、見覚えが有るんだよなぁ)  面長で長い黒髪のワンレングス、眉毛は濃く垂れ目で口はモンガラカワハギの様なおちょぼ口。今時珍しい白のボディコンシャスなワンピースに白いピンヒール。 (697(なくよ)鶯平安京ってか)  まさに(いにしえ)の都、平安時代を思わせる独特な面差しだった。その女性は本部長と一緒にエレベーターに乗り込んだ。本部長は上階層に向かう為センサーにカードを(かざ)している。 (ーーーえ、あの女もに行くのか?)  エレベーターは一般社員が出入り出来る7階を通過し8階で停止した。その女は8階の上階層に難なく入室した。本部長が上階に招き入れる女性、見覚えはあるが(もや)が掛かった様に思い出せなかった。 (ま、いっか)  女性にそれ程興味が無い宇野は丸めた書類で肩を叩きながらApaiser(アペゼ)企画室へと戻った。  本部長付き秘書室のワークデスクや椅子はマホガニーで統一され全体的に重厚感ある雰囲気を醸し出していた。また至る所に上品な調度品や観葉植物がさり気無く配置されこれは社長夫人の佳子の趣向だと言った。 「申し訳ございません」 「はい」  秘書が視線を上げるとひとりの女性が口元をレースのハンカチで隠して立っていた。 「あの、宗介、辻崎宗介さんは御在室でしょうか?」 「アポイントメントはございますか?」 「いえ、特に」 「副社長は生憎(あいにく)外出中ですのでアポイントメントを取られてからお越し頂けますでしょうか」  それにしても何故この女性が上階層にまで来る事が出来たのか秘書は首を傾げた。 「あの」 「はい」 「宗介さんはこのお時間はお部屋でお休みになっておられると思いますがご確認頂けますか?」 「はい?」  女性は秘書に兎に角連絡を取って欲しいと引き下がらなかった。根負けした秘書は「あー始末書ものだわ」と内心溜め息を吐きながら副社長室直通の受話器に手を掛けた。 「大変失礼ですがお名前をお願い致します」 「辻崎」 「はい?」 「辻崎 杏(つじさきあんず)と申します」
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