福沢

1/1
前へ
/9ページ
次へ

福沢

 福沢がトイレから戻ってみると、福沢が死んでいた。いや、正確には<明日の福沢>が死んでいた。 <明日の福沢>は、タイムマシンの実験成功を祝うために、明日から今日にやって来たのだ。福沢も一人で祝うより二人で(実際には一人なのだが)祝った方が賑やかなので、望むところだった。  出前の寿司をつまみ、コンビニで買った缶ビールを飲みながら、二人でこれからの研究方針を話し合った(と言っても、実際には独り言のようなものだが)。  途中、福沢は腹の具合が悪くなったので、母屋にあるトイレまで用を足しに行った。そして、済ませて戻ってみれば、<明日の福沢>が死んでいたのだ。のけぞるようにして椅子に腰かけたまま事切れていた。  作業台のタイムマシンが消えている。<明日の福沢>を殺した人物が持ち去ったに違いない。と言うことは、タイムマシンの価値を知っている人物が犯人だということだ。そして、その価値を知っているのは、福沢以外では夏目だった。これは夏目の仕業なのか。確かめなくてはならない。  福沢は棚からコンテナボックスを一つ取り出した。そこに入っていたのはタイムマシンだった。作業台に載っていたタイムマシンは<明日の福沢>が装着して来たものだ。  福沢はタイムマシンを背負うと外に出た。庭の木陰に身を潜める。ウェアラブル端末をトイレに立った時刻にセットし、スタートキーを押した。  暫く待つと、門が開いて人影が入って来た。外灯の明かりが顔を照らす。夏目だった。ぬかるみを歩きにくそうにして、研究棟に向かっていく。  夏目だということを確認して、福沢はウェアラブル端末をトイレに立った時刻より少し前にセットし、スタートキーを押した。過去に戻ると、母屋から金属製の花瓶とガムテープを持ってきた。それを持って庭の木陰に身を隠す。  門が開いて、夏目が入って来た。ぬかるみを歩きにくそうにして、研究棟に向かっていく。福沢が隠れている木陰を通り過ぎると、無防備な背中をさらした。福沢は木陰から飛び出し、夏目の後頭部めがけて金属製の花瓶を振り下ろした。夏目はくぐもった呻き声を上げて倒れた。手早くガムテープで手足を縛り、口を塞ぐ。どうやら気絶しているようだ。  福沢は夏目が地面に付けた靴跡の上をなぞって歩いた。夏目が来た痕跡を消しておかなくてはならない。それが終わると、リターンキーを押し、元の時間に戻った。  研究棟に入ると、<明日の福沢>がビールを飲んでいた。 「何だ、深刻な顔して」 <明日の福沢>が尋ねた。 「あんたが夏目に殺されてたんだ……」  福沢はこれまでの顛末を語った。 「で、夏目をどうする」 「始末する」 「そうするしかないな。私たちの研究を邪魔する輩には天誅を下すべきだ」 「手伝ってくれるか」 「もちろんだ。手順を話し合おう」  福沢と<明日の福沢>は二人で夏目を抱えると、三時間過去に行った。それから、ガレージに運び、車のトランクに押し込んだ。  一時間ほどかけて目的地である隣県のS川に着いた。今頃は、ウーバーイーツが自宅に寿司を届けに来ている時間だ。二時間前の福沢が寿司を受け取っているはずだ。  河原に車を止める。この辺りは夜になると人通りが絶えるところだ。車のトランクから夏目を出し、川辺まで運ぶ。口のガムテープを剥がしてから夏目の上半身を川に突っ込んだ。  福沢は夏目のスマホで110番に電話した。 「もしもし、S川のH橋付近で人が倒れてます」  これで、アリバイが成立した。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加