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「卜部君、嫌なら言葉にしなくていい。立場上、断りにくいことはわかっている。その代わり、顔を見せてほしい。ちゃんと俺が察するから」
「そんなこと言われても、いやなものはいやです」
「どうして」
「恥ずかしいからですよ! そんなこともわからないんですか!」
行き交う車のない、早朝の交差点を恨めしく思った。
今すぐここから駆け出したい。だけど信号は赤だ。早く青になればいいのに、世界が先輩の味方をしている。
手を引かれ涙目で睨みつけたら、今度は追うようにもう一方の手を掴まれた。
眼前に先輩の顔が迫り、逃れようがない。強い瞳に射抜かれて、逸らしきれずに目を閉じる。
「卜部君、好きだ
三年前はすまなかった。引退したとはいえ元警察官として、二十歳にも満たない子に手を出すことはできなかったんだ」
熱のこもった言葉と同時に、影に覆われた気配がした。
慌てて目を開けると、今まさに覆いかぶさろうとする先輩の体躯が視界を占領している。
一瞬だけ解放された両手は胸の前で巻き込まれ、なんの抵抗もできなかった。もがくと拘束はより強まり、あまりの暑苦しさにくらくらする。
「観念してくれ」
降参のポーズをとることもままならず、私は黙って頷いた。なんとか抜け出せた右手を背中に回すと、強く抱き締められて踵が浮いた。
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