ひどい雨

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 幸いにも、この小雨によって出来た傷は一ヶ月もすれば跡形もなく消えてくれそうでした。ワンピースは帰ったらすぐ捨てて、近くの呉服店で新しいものを見繕いましょうか。そうしてホッと一息ついている間に、雨は力強く降り始めました。ざあざあと俯いてシャワーを浴びた時と似た音が響きます。時々雷雨が憎悪を込めたように鳴り響き、これが人間なら騒音問題でとっくに裁判沙汰でしょう。  「スマホスマホ…ないんだっけか」  仕方がないのでポケットにしまっていたハンカチを取り出すと、爛れてヒリヒリと痛い皮膚の回りから溢れる雨の跡を丁寧に吸いとっていきます。ハンカチが滲出液と共に湿ったことを感触で気がついた頃、私は先に顔を拭けばよかったと軽く後悔しました。  天気予報は確か、翌朝の明朝まで降り続けるはずだと言って、それは雨上がりまでまだ遠いことを意味するのでした。今夜はここで過ごすことになりそうです。  箱の内鍵を閉めたか、視覚で確認します。ドアノブの数センチ上のところには赤いランプが点滅していて、それはロックされている証拠です。  私は両手を組むと、唯一ある椅子で眠ることにしました。肘掛けもなく、全く眠るにふさわしい椅子ではありませんが、ただぼんやりしているだけでは退屈ですし、このままですと陰鬱とした気持ちが倍増…いや、何乗にも加算されてしまいます。いつでも死にたいのに、体がそうさせてくれないことが余計に辛くなってしまって、頭痛が止まなくなってしまうのです。それは膨らむ宇宙の限度が、人間が理解できるような次元に存在していないことと似ています。  目を閉じれば、自然と頭は暖かい記憶を再生してくれました。夢に食べ物は出てきません。現実でもお腹が空いてしまうから。人は誰も出てきません。何故なら人類はこの町を危険地区に指定して久しいのですから。ただ、いつだって雫が垂れる芝生の上にいて、私は雨上がりの眩しい青空を仰ぐのです。その時間の、なんと美しいことか。乾きかけた空気で永遠に息をしていたいと願います。私にそんな思い出があっただなんて、今となっては到底信じられないことではありますが。
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