ひどい雨

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 ――そしてようやく冷静になれた時、安堵を全てかっさらう激しいノックがガラスの壁を震わせたのです。  慌てて箱の中心にある椅子から飛び降り、その拍子に絹のハンカチが落ちたのも気にせずに、構える体勢をとりました。けれども私はそれで到底勝てるとは考えておらず、頭が真っ白になっていました。だって、その時私は本当に、何も持っていなかったのです。現代人ではあり得ないでしょう、きっと冗談だと思われてしまう…なにせ私には拳銃どころかナイフすらなかったのですから!  この町に対して、私はどうやら慢心を抱いていたようです。こんな町、もう誰も見向きもしていないと勘違いをしていたのです。略奪するものなど、どこにもいないと思っていたのです。けれども、後悔はもう遅い。私はせめて、あの美しい夢を見ていたいと目を閉じました。  全く同じ景色の繰り返しでした。  食べ物も、人も出てきませんでした。もしかすると、この夢は現実への妥協で出来た夢なんかではなくて、それこそが私の理想郷なのかもしれません。そこは食べなくても生きていけますし、孤独でも寂しさを実感することもない。  ――それが一番手にいれたい世界なのかもしれないことに、なんとなく気付きかけました。けれどもやっぱり、それは否定することにしました。  ――なんとなくですけれど。
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