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それは6年前の3月31日だった。今日限りで宇藤原駅は消えてしまう。それを知って、多くの鉄道ファンがやって来た。この駅は宇藤原の集落から外れた、田園地帯にポツンとある駅だった。この駅は地上から20mぐらいの場所にホームがあり、まるでタワーのような階段を上ってホームに向かう。その珍しい構造が多くの鉄道ファンを引き付けて離さなかったという。駅舎は開駅当時からなく、周辺には空き地がある。エレベーターは当初からなく、高齢者には上り下りが厳しいようだ。だが、宇藤原の人々にとっては大切な駅で、重宝されてきた。だが、この宇藤原駅を通る路線は、乗客減による赤字に苦しんでいて、今日で廃止、明日からはバス代行になるそうだ。
「いよいよ最終列車なんだね」
タエは寂しそうに駅を見ていた。廃止が近くなって、まるでタワーのような階段にはライトアップが施されていた。まるで開業した頃のような賑わいだが、それは名残乗車をしようという人々だ。明日は駅ではなくなる。
「この駅ともお別れなのか。寂しいね」
「うん」
有吉は寂しそうな表情で見ていた。当初はここに駅を作る予定はなかったものの、宇藤原の住民がここに駅を設置してほしいと要望したために、駅ができた。
「有名な駅だったのに、廃止されちゃうんだね」
「仕方ないよ。路線自体、利用客が少ないから」
鉄道ファンは残念がっていた。残す事は出来なかったんだろうか? この駅と高架線は近いうちに解体される予定だという。残念だけど、受け止めないと。
「残念だけど、受け止めないと」
「そうだね」
と、トンネルの向こうから汽笛が聞こえてきた。今日の最終電車がやって来たのだ。それを見て、鉄道ファンは次々とシャッターを切った。宇藤原駅に最後の電車がやって来る、決定的瞬間だ。絶対に撮らなければ。
「あっ、最終列車がやって来た!」
「本当だ!」
電車はゆっくりとホームに入線する。電車の中は、まるで首都圏のラッシュアワーのようにすし詰め状態だ。いつもこうなら、廃止にはならなかったのに。誰もがそう思っていた。
電車がホームに停まると、ドアが開いた。だが、誰も乗り降りしない。見る人だけだ。
「これが最後の列車なんだね。寂しいね」
「うん」
そこに、有吉がやって来た。この駅の設置を国鉄に請願した人物だ。その男が今、自らの汽笛で最後の電車を見送る。
「出発、進行!」
それと共に、ホームの人々は蛍の光を歌い出した。いつしか有吉も歌っていた。
「ほーたーるのーひーかーりー、まーどーのーゆーきー」
すると、乗客は窓から顔を出し、手を振った。ホームの人々は、トンネルに消えていく電車を見ている。もう見る事のない電車。見送る人々の中には、泣いている人もいた。
「さようならー」
と、有吉は肩を落とした。宇藤原から電車がなくなってしまった。あれだけ残してほしいとお願いしていたのに、無念すぎる。何らかの形で残してほしかったのに。
「もうこの駅は終わってしまった・・・」
タエは消えた電車の進んだ方向を見ていた。すでに電車のテールライトは見えない。もうこのホームに電車は来ないんだ。
「明日から駅跡なんだね」
「うん」
住民は帰ろうとしている。だが、鉄道ファンはその後もいる。
「さようなら、宇藤原駅」
「さようなら!」
ある鉄道ファンが叫んだ。それは、今日限りで駅としての役割を終えた宇藤原駅の鎮魂歌のように見えた。
5人もその瞬間に来ていた。泣きはしなかったが、とても印象に残っていたという。
「廃止になっちゃったんだね」
「うん」
だが、この宇藤原駅は地元の有志の手で保存される事になった。それだけではない。晩年の冬に行われたライトアップも行われている。まるで現役だった頃のように。
「ここは残す事ができたんだね」
「うん。ここは有名な駅だからね。冬にはライトアップが行われるんだって」
タエはそれを毎年見ているという。そして、在りし日の宇藤原駅の姿を思い浮かべるという。
「本当? その時に行ってみたいな」
「じゃあ、また冬に来てね」
「うん!」
と、そこに有吉がやって来た。だが、彼らは全く気付いていない。
「まさか、最後の卒業生と在校生?」
有吉の声に気づき、6人は有吉の方を向いた。まさか、有吉も来るとは。
「そ、村長?」
「そうじゃ。最後の村長は死ぬまでここにいるさ」
有吉は思っている。自分は最後の村長なのだ。大好きな宇藤原で最期を終える事ができたら、これ以上の憂いはないだろう。
「そうだね。息子さんは?」
「東京に行っちゃった。一流企業に就職して、今や常務だよ」
村長の家族はみんな、東京に行ったという。優秀な村長の息子は、成績優秀で、会社でも多くの信頼を得て、今や常務になっている。有吉はそんな息子を誇りに思っている。だが、できれば宇藤原にずっといてほしかったな。
「すごいね」
「だけど、一緒に住めないのが残念でたまらないよ」
有吉は、宇藤原に住んでくれないのが残念に思っていた。だが、それは仕方がない。東京の方が便利だからだ。好きなものが手に入りやすいし、豊かだし、賑やかだ。
「その気持ち、よくわかるよ!」
「ありがとう」
と、タエは宇藤原が村ではなくなった時、閉村式の事を思い出した。タエはその式典に出席していた。
「宇藤原が村でなくなった時の事、今でもよく覚えてるよ」
タエは今でも忘れた事がないという。あまりにも残念過ぎる。だけど、これだけ人口が減ったら仕方がない事だと思っている。
「僕らはその時に生きていないけど、村だったんだね」
「ああ」
5人が生まれた時にはすでに村ではなくなっている。できれば、村だった時に生まれたかったな。
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