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第5話
「二人で計画中のことがあって。それについて話し合ってたんだよ」
「でもよぉ、お前たちけっこうしゃべってるだろ? 茅野って人見知りで男としゃべらないので有名なのに」
それは初耳だ。
「単なる仲良しにしては、仲良すぎじゃないか?」
ただでさえ刺激の少ない田舎だ。噂になろうものなら、一瞬にして町中の人々が知ることになりかねない。
「いや、本当になにもない」
俺が面倒くさがっていることを理解しつつ、上杉は野次馬根性を隠すことができず、ニヤニヤしながら肘で小突ついてくる。
「つき合ってねぇのは信じるし、火消ししといてやるよ」
ということは、すでに噂話として広がりつつあるということか。
「悪いな」
「で、ナルが茅野と計画してることってなんだ?」
にやりと笑った上杉の瞳が、いたずらっ子のそれだ。
「上杉ってほんと、チビの時からその顔変わらないよな」
上杉と俺は幼馴染だ。身体は立派に成長したが、上杉の中身は小学校の時のままな部分がある。
「大したことじゃなくて。屋上に行ってみたいなって」
「お、すっげえじゃん!」
上杉が大げさに驚くのと同時に、校庭からキーンと甲高い音が耳に届く。
野球部の誰かが大きくボールを打ち上げたのだろう。部員たちの歓声が遠くから聞こえてきた。
「屋上かぁ。いいな、俺も計画にまぜろよ」
「いいけど暴れるなよ。あと、なにかいい案ない?」
「そういや、立ち入り禁止で鍵ついてたよな」
俺と上杉は体育館の入り口一歩手前で立ち止まった。お互い顔を見合わせるが、良い案が思い浮かばない。
次の瞬間、体育館の扉が勢いよく開いて監督が顔を出した。ばっちり目があう。
「お前ら二人とも遅いっ! 校庭十周!」
監督の声に追いかけられて、俺たちはすぐに踵を返して校庭へ向かった。
十周は案外きつかった。
野球部の練習を横目で見ながら、最後のほうはだいぶへばりながら走る。
なぜか上杉は走り終わったあとも元気いっぱいで、野生動物の生まれ変わりなんじゃないかって本気で思ったくらいだ。
それから俺は部活が終わると、上杉と別れて急いで教室に走った。
また明日と言ったけど、もしかしたら茅野がまだ残っているかもしれないと思ったからだ。
茅野が待っている保証はなかったのだが、俺の勘は、けっこう当たる。
「――茅野!」
教室の引き戸を勢いよく開けると、ちょうどドアの前にいた茅野と正面衝突する羽目になった。
茅野の背が小さかったため、俺は一瞬なにがなんだかわからなかった。胸の辺りでもぞもぞと動くものに気づき、それが茅野だと判断した。
茅野はぶすっとした顔をして、鼻をズ、と鳴らした。どうやらぶつかったのが痛かったらしい。
「……悪い。ちっちゃいから気づかなかった」
彼女は恨めしそうな目で俺を見上げてくる。
「待ってたのに、ひどい」
「ごめんごめん」
外は薄暗くなりはじめている。
「帰ろう、茅野」
待っていてくれたのは嬉しいし、帰り道でも計画を話したい。それなのに、いい案が思いつかないので帰り道は沈黙が続いていた。
「俺たちだけじゃ計画が進まなそうだな」
ため息交じりに呟くと、茅野も「そうだね」と納得している。
「今年の『短冊祭り』で、『鯉神さま』に願いを叶えてもらうほうが早いんじゃないかって思えてくるよ」
「短冊祭り?」
皮肉を込めて言ったはずが、真面目に聞き返されて俺は目を丸くした。
「短冊祭りだよ、旧暦の七夕の」
「……?」
「鯉神さまに願いを叶えてもらうやつ……え、本当に知らない?」
茅野は不思議そうな顔をして首を横に振った。
「家で鯉も飼ってない?」
「いないよ」
「ここら辺では、みんな家に鯉がいるのが普通だ。飼えない場合は俺の家で面倒見るけど」
そこまで言ってから、そういえば茅野が転校生だったのを思い出す。
「そっか、茅野は越してきたから知らないのか」
「それってなに? どうして鯉を飼ってるの?」
反応から察するに、本当に知らないようだ。ということは、茅野はこの土地の生まれではない。
だから、話をしていいのかどうか迷った。
「成神くん?」
黙ってしまった俺を、茅野は心配そうに覗き込んでくる。
「あ、ごめんごめん。鯉を飼うのが伝統でさ」
まずいことになった。
言っていいのだろうか。
祭りの内容は、地域全体で秘密にされている。
この地に住まう者以外は、知ってはいけない、参加してもいけない、見てもいけないもの――。
つまり、禁忌に近い。
「伝説なんだよ」
俺はしばらく逡巡したが、下手に話を逸らすほうがおかしいと判断した。
「伝説?」
「伝説であり、この村の伝統でもある……知りたい?」
「知りたい」
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