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第8話
「なぁ、ナル」
登校するなり、俺を教室の隅まで引っ張ったのは上杉だ。まだまだ眠いというのに、早朝から彼のどでかい声がうるさい。
俺がムッとしていると、上杉はやっと声を落とした。
「あの計画、琴音に相談しようぜ?」
「川田?」
訊き返すと、上杉はうんうんと真面目にうなずいた。
「ほら、茅野とも仲がいいし」
見てみろよと言うので、上杉の視線の先を追う。茅野の席の前の椅子に座っている女子を見た。
「茅野と川田って、仲良かったのか」
へえ、と思っていると、上杉は眉根を寄せた。
「ナルってさ、ほんとクラスメイトに興味ないよな。ってか、人間に興味ない?」
「あー……まあ、あんまりないかも」
なにもクラスメイトに限ったことじゃない。授業や部活や大学にもあまり興味がないだけだ。
じゃあなにに熱中できるかと言われたら、それも謎だ。
「まあ仕方ないか。お前の家は特殊だし厳しいもんな」
それに俺は肩をすくめることしかできない。
「神秘的だとか言われてるんだぞ、ナルのその素っ気なさ」
「はあ? ただ、ぼうっとしているだけなんだけど」
俺がぼうっとしていてもそれほど心配されない理由は、『成神家』だからだと思っていたのに。
「まさか。俺が神秘的なわけないだろ」
「そういう風に見えるんだよ。顔立ちとかエキゾチックだし」
「なんだよそれ」
たしかに肌は白いが、エキゾチックと言われるようなものには思えない。
「で、話が逸れたけど……」
上杉が口を開いたところ。
「あんたたち、そこでコソコソしてなにやってんの?」
咎めるような口調の、気難しそうな声が聞こえてくる。
声のしたほうを見ると、凛とした印象のクラスメイト――川田琴音に、上杉が腕を掴まれていた。
川田は不機嫌ともいえる表情に、若干怒りを含んだように眉を吊り上げている。
「あはは、なんもしてねーよ」
上杉がはぐらかそうとしたが、川田は確信を持った目で彼に詰め寄っている。
「聞いたわよ、浩平」
川田はさらに上杉に詰め寄っていく。
学級委員長かつ、成績優秀な才女とあって川田の迫力はすごい。おまけに美人なのが、さらに怖さに拍車をかけていた。
俺は、川田の後ろから気まずそうに顔をのぞかせてきた茅野に目を向けた。もちろん、言わずもがな察しはついている。
「……茅野、屋上の件を川田にしゃべったな?」
茅野の瞳がゆらゆら揺れ動く。明らかにすまないと言いたそうな、困った顔をしていた。
「ごめん、成神くん。つい、うっかり」
「うっかり言っちゃった?」
素直にうなずかれてしまい、咎める気にもならない。茅野はしゅんとしてしまった。
まるで怒られた小動物が身を縮めているように見えてしまい、俺はぷっと笑い声を漏らした。
「俺、怒ってないから。それに、川田を誘おうって上杉と話してたところ」
とたん、茅野の表情がぱああと明るくなる。
「じゃあ、ちょうどよかったね!」
「ちょうどいいじゃないわよ、ダメに決まってるでしょ!」
釘を刺されて、茅野は瞬時にしょげた。
「川田、落ち着いて。最初からダメなことは百も承知だから」
「だったら、最初から無謀なこと考えなきゃいいじゃない」
「そうなんだけど、成り行きで」
まじめを絵に描いたような川田が、違反行為を推奨するはずがない。
茅野に視線を向けると、いまだに落ち込んでいる様子だ。
「まあ、ナルだったら、先生に頼めばワンチャンあるかもだけど」
「それはパス。逆に、川田のほうが望みあるだろ」
川田の従兄弟は、この学校の教員だ。
「ぺーぺーの非常勤講師に、そんな権力があるわけないでしょ」
川田は大きくため息をついて、俺たちを見回した。
「でもまあ、ナルの言うとおりね。最初から無理ってあきらめてしまったら、そこで終わりだもの」
「じゃあ琴音も参加ってことでいいのか!?」
上杉に肩を抱かれた川田は、額に青筋を浮かべる勢いでムッとした。
川田がなにか言いかけたところでチャイムが鳴って、担任が教室に入ってくる。
「また放課後にでも話しましょ」
言い残すと、川田は茅野の手を引っ張って席に戻っていく。
「なんだよあいつ。めっちゃ楽しそうにして」
「あれで楽しそうなの?」
ケタケタと上杉が笑う。そういえば川田と上杉は家が近いのもあって、俺よりも近しい関係の幼馴染だ。
「川田も参加ってことでいいんだよね?」
「もちろん!」
川田が嬉しそうだということは俺にはわからなかったのだが、上杉が言うのならきっとそうなのだろう。
楽しくなるような予感がしてきていた。
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